UA-92533382-1 『変容の象徴』(C.G.ユング / ちくま学芸文庫): よつば農場便り

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2022年5月 3日 (火)

『変容の象徴』(C.G.ユング / ちくま学芸文庫)

『変容の象徴』は、不思議なタイトルの本だが、心理学者の泰斗C.G.ユングの著作を野村美紀子氏が訳出された労作だ。この著作は何やらいわくがあるらしい。

ユングは、ウイーンでフロイトのもとで心理学を学び、そして彼の弟子としてそして協力者として研究をしていたのだが、この『変容の象徴』によりフロイトとはたもとを分かつことになったという。フロイトは『変容の象徴』で主張されていることを認めなかったし、ユングはフロイトの理論を否定的に扱った。

フロイトもユングも生の衝動としての「リビド」を扱っているのだが、フロイトの方はより性欲に近い形で考えていて、ユングは、「リビド」が性欲であるはずがない、というようなことをこの著書で主張している。私としては、その様な学説の論争にはそれほど興味があるわけでなく、フロイトとユングという精神分析の2代巨頭が心理学を応用して論じる人間社会や歴史に関する「文化論」がおもしろい。

『変容の象徴』は文庫版の大部2冊でその内容はまことに茫洋としている。もともとは、(のちに精神分裂病を患うことになる)アメリカ人女性の手記を入手したユングが、その内容を分析していくものというのが骨子なのだろうが、手記とはおよそ関係ないのではと思われる世界各地の神話や宗教、その宗教のシンボルなどの紹介や考察が、(脈絡がまるでなさそうに)延々と続く。

だが、こうした混沌や脈絡のなさや豊饒な連想の網の目と言ったこと自体が、人間のこころの奥深さを象徴しているように感じられる。人間の心は、両親に固着している幼児期へと退行していく。だが、その退行に逆らって現実と向き合い自分自身にならなければならない。その過程において象徴的に親を殺したり、逆に親に殺されたりする。こういう精神過程の反映が、宗教だったり、世界各地に伝わる英雄伝説なのだ。そういう意味で、人間の精神の奥底には、全人類に共通した「元型」がある。

キリスト教は、それを信じている人にとっては進んだ崇高な宗教なのだろうが、よく知られているように、キリストが生まれたとされる日と死んで復活するという話は、キリスト教以前の古代宗教や全世界の宗教に共通する、太陽の勢いが一番弱まる冬至と、そして勢いが強まり大地に豊穣をもたらす春への移行を反映しているのだ。キリストが、精霊を吹き込まれて母親のみから生まれたとする話や、生命を象徴する十字架にかけられて死ぬという話も、多くの宗教や英雄伝説に共通のことで、そこには人間の心理の葛藤とその解決法とが潜んでいる。

 

だから、神話や宗教には、そしてすぐれた文学作品などの芸術作品にも、葛藤を癒やす心理療法の働きがあるのだ。そのことをユングはこの著作で述べている。ということは、科学を重んじ経済的利益をあげることのみを追及し、芸術活動を軽視する国家や、国家の威信を高めるために国民を戦争に動員し文学を支配者の翼賛に膝まづかせるような国家は、人々の心が癒されることのない、不毛な索漠とした国家だということがわかる。

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