UA-92533382-1 よつば農場便り: 2022年4月

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2022年4月16日 (土)

敵基地先制攻撃

自国を防衛するためには、敵の基地を先制して攻撃すべきだという考えが自民党や維新の政治家から出ている。私は思うのだが、この敵基地を先制して攻撃するというのは、例えば真珠湾攻撃とどのように違うのだろうか。戦争を防ぐどころか、宣戦を布告し全面的に戦争を開始することにつながるのではないだろうか。

戦争で苦しむのは庶民だ。普通の人たち、一般市民が被害にあうのであって、市民の願いは戦争がないことだ。威勢のよいことを言って戦争をあおる人たちが、いざ戦争になったら、その場にいてその戦争を引き受けるなんてことがあるだろうか。これまでの日本の歴史を振り返っても、そういうことはありえない、むしろ率先してその場から逃げるということを、わたしたちは知っている。

だから、政治に対して、私は不信に思うのだ。これまでも「守る、守る」というのは、戦争を仕掛ける口実であったし、何か大きな事故があれば、住民をなるべく現地にとどまらせようとして逃がさないようにしてきたし、桜のお花見に税金を使って選挙民を招待し、その後始末をごまかして公文書を書き換えさせるような人が、有事の危機的な状況で国にとどまり、国民を鼓舞するようなことをするだろうか。

戦争で苦しむのは絶対に庶民だ。一般市民は、戦争がないための努力と、もしおこったりすれば市民同士の連帯で助け合うことこそが必要だ。

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2022年4月10日 (日)

「ひまわり」

ロシアの侵略に苦しむウクライナを支援するため「ひまわり」のチャリティ上映が実行されている。このような企画を立てた映画人に感謝したい。

「ひまわり」が選ばれたのは、あの有名な一面の揺れるひまわり畑の撮影がウクライナで行われたから、ということだ。

ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが主演の「ひまわり」を見るのは2回目だ。初めて見たときは、あの情緒的な音楽やひまわり畑や鉄道の美しくも切ない場面に感情を流されてしまったが、今回は冷静に見ることができたので、前回気づかなかったこともいろいろ気づくこともできた。(だがそれにしても、ソフィア・ローレンのきつめの強い表情は美しくも印象的だった)

この映画はイタリアだけでなくソ連も含めた合作映画なのである。第2次世界大戦中、ロシア戦線で行方不明になってしまったマルチェロ・マストロヤンニ演じるアントニオを、ソフィア・ローレン演じる妻ジョアンナが、ソ連に探しに行く。そのモスクワの場面などが、大変活気のあるまるで西側の都市のようなのだ。そして、エスカレーターや地下鉄、労働者のための住宅がそろっていて、イメージの中の落ちぶれた社会主義とは全く違うのだ。おそらく、こういう場面を撮らせることを許可してそれをソビエトはプロパガンダにも使ったのだろう。

そして、ジョアンナがソ連に行ける理由が「スターリンが死んだから」というのも驚きだった。スターリンが死んで、鉄のカーテンが少し開いて、人の行き来もできるようになったという意味なのだろうが、よくソ連がこういうセリフを許可したなとも思った。これは例えると、「安部元首相が亡くなったので、日本がよくなった」というようなセリフを映画にさしはさむようなもので、自国誇り一色の政府なら許可しないだろうと思うからだ。

とはあれ、ジョアンナとアントニオは、もう変えようのない事情や運命に翻弄されて、結ばれることはない。そこは本当に切ない映画で、ヘンリーマンシーニの音楽とひまわり畑のシーンは何度も頭の中を駆け巡る。とにかく、戦争はいけないということだ。

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2022年4月 5日 (火)

ロシア虐殺報道

ロシアが、ウクライナ・キーウ州から撤退した後、市民の虐殺遺体が発見され、「ジェノサイド」「戦争犯罪」という批判が西側諸国から起こっている。日本の民間テレビ局のニュース報道番組を見たが、西側諸国のロシア避難の尻馬に乗ってロシアへの憎悪をあおるだけで、テレビでしか情報を得ない世代の人々に与える大きな影響を思うと気持ちは暗くなる。

ロシアは、ロシア軍が犯したとされる市民虐殺の戦争犯罪をフェイクニュースだと否定している。それを日本の民間テレビニュースが「見え透いた嘘」と煽り立てる。戦争犯罪は犯した方の国は、「ありえない」と必ず否定する。それは、どこの国の政府もそうだし、100年前の戦争でもそうだ。現・日本政府もそうだ。だから、大事なのは、戦争犯罪が客観的に行われたという証拠を、当事者全員が納得する形で集め、その証拠に基づいて犯罪が裁かれ、犯罪の罪に服し、犠牲者の被った被害を回復する手立てを見出すことだ。「ロシア憎し」の憎悪を煽り立てたって、戦争犯罪の犠牲者が浮かばれるわけでもないし、今後起こるであろう戦争による残虐行為も抑制できない。

さらには、ロシア軍のロシア兵だけが特別に悪人で、彼らを罵ればそれで事が済むというわけでもない。徴兵された普通の人がなぜ残虐行為を働いてしまうのか、そこを解明しないと戦争犯罪はなくならない。旧日本軍の招集されて軍隊に入った普通の人たちも残虐行為を行った。どういう心理でそうなるのか、戦争というものがどう人を変えてしまうのか、そこを解明してこそ、本当に「戦争」を根絶できる。

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