UA-92533382-1 よつば農場便り: 2022年3月

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2022年3月13日 (日)

英国ロイヤル・オペラ・ハウス『トスカ』

英国ロイヤル・オペラ・ハウスで公演されたオペラ作品を映像で堪能できる。仙台では「フォーラム」で上演されている。3月のこの週は、プッチーニの『トスカ』が上演されている。

プッチーニの音楽は、なんと劇的に人の感情を動かすのだろうか。『トスカ』は、序曲もなく第1幕が上がり、嵐のように音楽も劇も進行していく。プッチーニの音楽を本当に堪能できる作品だ。

トスカの役をロシア出身のエレナ・スティヒナが演じている。肉感的な見事なトスカの役がすばらしかった。この公演が撮影されたのは昨年の12月。ロシアのウクライナの侵攻前だ。今、西側の芸術・芸能関係のロシア出身者は、侵攻とプーチンへの反対の信仰告白をしないと、降板させられたりしている。それを考えると複雑な思いだ。ロシアの侵攻後に、この公演が行われていたらどうなっていたであろうかと。

こういうライブ・ビューイングの良いところは、公演だけを中継するのではなくて、作品の解説をつけてくれたり、リハーサルの様子を映してくれたり、芸術監督や指揮者のインタビューなども伝えてくれて、全体として作品や公演の理解が深まるという点だ。

その様な公演以外の映像を見ていて感じたのは、ここでは男女共同参画が進んでいるのだということだ。日本であれば、男性しか出てこないであろう世界に、ちょうど半分くらい女性がいる。さらには、男性・女性という性別に分類をすることに意味がない人なども登場してきて、逆に、男性ばかりの日本のことを思うと、日本の光景が、異様に思えてくる。そういうことも強烈に感じさせるライブ・ビューイングの作品になっている。

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2022年3月 8日 (火)

戦争と民主主義

戦争を抑止するのに有効なことは何であろうか。相手と同等の軍事力を持つことか。相手を上回る超・破壊兵器を所有することか。武力であればよりエスカレートし対立のサイクルは永遠に断ち切れないおそれがある。

何が有効であるかはわからないが、「民主主義」というのも一つ有効な戦争抑止手段であるということを思い至った。

まず、自国が戦争を仕掛けられるという場面を想定してみると、ロシアのような統制された権威主義国家でさえ、戦争反対の声が上がる。大義のない侵略であれば、戦争指導者の野望は、民主主義的な国民の要望とは異なる。民主主義的な国で、だれがすきこのんで、独裁的な指導者の命令で、戦地に赴こうとするだろうか。しからば、「民主主義」は、これが広まれば相手国が不法にも戦争を仕掛けてくるのを抑止する、結構有効な手段となる。

では、自国が相手に戦争を仕掛け侵略する立場を想定した場合はどうか。やはり「民主主義」は、戦争を抑止する有効な手段となりうる。民主主義的な報道の自由があれば、戦争を煽り立てる人たちが主張する都合の良い情報はそうたやすくは信じられないだろう。民主主義的な思想や信仰の自由があれば、指導者が煽り立てる敵国への憎悪に対して、自身の良心に従って行動できるだろう。

このように、「民主主義」は戦争や侵略を受ける方も仕掛ける方にとっても、有効な抑止力になりうる。

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2022年3月 7日 (月)

「ウエスト・サイド・ストーリー」

スピルバーグ監督が「ウエスト・サイド・ストーリー」を撮り直した。知っている話の筋、知っているあのおなじみのバーンスタイン作曲の音楽であるが、とても見ごたえがあり、よかった。

 

この新「ウエスト・サイド・ストーリー」では、より人種的対立やアメリカの人種問題や差別があらわになった。オリジナル「ウエスト・サイド・ストーリー」では、ジェッツ団とシャーク団が人種的対立も背景にあるということが意識できなかったが、新「ウエスト・サイド・ストーリー」では、配役であったり、言葉づかいであったりでそれがはっきりわかる。特に、マリア役の女優さんが、マリアはプエルトリコ出身なのだというリアリティがあった。そして、背の高いポーランドが出自だというトニー役の俳優さんにもリアリティがあった。

 

その他話題になったのは、ジェッツ団でLGBTのメンバーが登場することだ。より社会問題と絡めての脚本だ。

 

「マンボ」「アメリカ」の曲で踊られるダンスは、とにかく切れ切れで素晴らしかった。シャーク団のリーダー、ベルナルドの恋人役アニータが魅力的だ。

 

「ウエスト・サイド・ストーリー」の更なるオリジナルの話はシェークスピアの「ロメオとジュリエット」なのだが、「ウエスト・サイド・ストーリー」のマリアとトニーの悲劇も、誤解から生じる。その誤解から生じる悲劇的な死が、オリジナル「ウエスト・サイド・ストーリー」よりも、この新「ウエスト・サイド・ストーリー」の方が納得できる脚本で描かれていたと思う。恋人を殺されたアニータは、マリアからトニーへ伝言を頼まれるが、こういう状況であれば、その伝言の内容が変わり、それが誤解を生み、悲劇を生むのだと納得がいく筋書きになっているのだ。

 


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