UA-92533382-1 ハウス・オブ・グッチ: よつば農場便り

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2022年1月20日 (木)

ハウス・オブ・グッチ

名門一族のスキャンダルを実話をもとに描いた映画だという。

アル・パチーノも出ると言うので見たくなった。あの、ゴッド・ファーザーだった彼が、どんな役をやるのか、というのにも興味を持った。そして、あのガガ様が、主演を演じるという新聞記事を見て、見たいという気持ちに拍車がかかった。

ガガ様がどこに出ているのかが分からなかった。それくらい、ガガ様は、イタリア人の主人公、パトリツィアを演じ切っていた。イタリアなまりの英語がうますぎる。そして風貌もまったくイタリア人。どうメイクしたのだろう。

アル・パチーノも、駄目ぶりが際立つアルド・グッチを巧みに演じていた。アダム・ドライバーが演じる、ガガ様が落とすボンボン役のグッチ家当主の、お坊ちゃんぶりも名演だ。事業に関わらないで、まじめに勉強して弁護士になっていれば、悲劇は起きなかったろうにと、脇から眺めている観客の私は思う。

「金があるからと言って、人生必ずしも幸せだとは限らない」というような凡庸な教訓を引き出す映画ではなかった。3時間立つのもあっという間だった。

最後に、ガガ様、パトリツィアは逮捕され、法廷に呼ばれる。裁判長から起立を求められるが、裁判長が正しい名前を呼ばないので起立しない。「私を、パトリツィア・グッチと呼びなさい」が最後のセリフだ。

家、家名に対するこだわりが悲劇を生んだと思える。ヨーロッパでも、女性が嫁に入りその家系の一員となり姓を変えるというのが一般的な結婚の在り方だ(在り方だった)ということを示している。特に中世に連なるイタリアでは、そうなのだろうし、あの名門「グッチ家」に嫁いでその一員となったのである。だが、もちろんその名門というのは張りぼてだったりするのだ。

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