食糧人類
荒唐無稽な漫画ではあるが、隠喩に満ちたこの漫画の世界に引き込まれてしまう。
ある「工場」が登場する。だが、その工場の外観はどう見ても「フクイチ」なのだ、というか、見るものが見れば「フクイチ」をモデルに絵を描いたとわかるプラントなのだ。そこでは、秘密裏に、あることが行われている。それは、「食糧生産」なのだ。
食糧生産と言っても、人間が食べるためのものではない。逆だ。人間を食べるある至高の存在のために、人類が「食糧」として生産されているのだ。政府は、その至高の存在と、国民には知らせずに、同意を交わしている。その同意により、日本国民はある程度損害を受けるが、絶滅することはない。宇宙から来た至高の存在は、その生存のために、人類を欲するが、人類が途絶えてしまえば、その存在も成立しないので、双方の利害が一致して、一定数の「食糧」をコンスタントに提供することになっているのだ。
こうして、日本人なんかよりも、はるかに強力な存在に、生殺の与奪を握られてはいるものの、日本を支配する政府は安泰であるし、何も知らない国民も幸せなのである。もちろん、この生産工場は、人里離れた森の中にあって、一般人は近寄ることは禁止されている。
どうやって「食糧」を調達するのか。それは、通勤や通学の途中、適当に人々を拉致してくるのだが、そのまま至高の存在様に与えても美味しくない。そこで、たっぷりと脂肪がつくまで太らせるのだが、その時に使うのが特殊なドリンクだ。これは栄養が配合されていることはもちろん中毒性があり、いったん飲めば止められなくなる。飲めば思考停止になり、「どうでもいいんだよな」という気分になる。これなどは、テレビの娯楽番組を与えられて満足して思考停止に陥っている国民の状況を思い起こさせる。
太らせた食糧は、屠殺し、冷凍し、解体し、至高の存在様に召し上がっていただくわけなのだが、その食料を生産し、その至高の存在様の世話をし給餌をするのがこの「フクイチ」のような外観の工場なのだ。この工場の従業員も、いろいろな事情があって連れてこられる。大体は、失業しているような人たちを、どんな仕事かわからないが、「知識・経験なし」でOK、しかも福利厚生給与がすごく良いというような条件で、職業安定所などからリクルートしてくる。
仕事を始めてみると、驚くようなことが待っているが、ここでは「疑問を持つこと」は禁止だ。「考えないことにする」というのが大事なのだ。仕事の不満を口に出したり、何か疑問を口にしたものは、いつの間にか姿が見えなくなる。至高の存在様の糧食になってしまうのだ。
日本社会の如く、「何も考えない」「何も疑問を持たない」で、この工場は完璧に運用されているように思えたが、(まあ、途中いろいろな事があって)ついに至高の存在様の存在が暴露される。いわば、「パンドラの箱」が開いた、という状況になるのだ。食糧に餓えたおびただしい数の至高の存在様は、これまで工場の地下深くに隠れていたのだが、工場が爆発して、周辺の空に飛び散っていく。
彼らは、人間が好みなので周辺地域の人間に襲い掛かり、むさぼるように食べつくす。恐怖にかられた人間たちは、工場周辺の地域から列をなして逃避し始める。その場面では、背景を細かく描き込んでいる作者の創意に目を見張った。避難民が押し寄せる他地区の描写なのだが、道路の壁に「避難してくるな」とか「故郷を捨てるな」などの地元住民が書いた落書きを書き込んであるのだ。
こうやってきちんと国民が分断してくれるので、この国の政治や核発電政策は、支配政党に本当にやりやすいようになっている。また次の核発電所事故が起こっても、自分たち自らが「逃げるな」と言ってくれるのだ。まさに、至高の存在に食糧としてささげられるにふさわしい。
というような様々な暗喩にも満ちた恐ろしい漫画が「食糧人類」だ。

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