UA-92533382-1 「おじさん」的なるものの考察: よつば農場便り

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2021年12月24日 (金)

「おじさん」的なるものの考察

河北新報2021年12月23日付の論考記事が面白かった。

「ティラノ部長」なる漫画が人気を博しているというところから記事は始まる。この漫画の主人公のティラノ部長は、若いころ、仕事も飲み会も大好きだった猛烈社員だったが、しかし今は、時代から遅れ、何の展望もなく会社にしがみつくそんな中高年男性を恐竜に擬して書いた作品なのだそうだが、ティラノ部長の哀感漂う姿が人気を呼んでいるのだそうだ。

そう、世の中「おじさん」は揶揄や攻撃の的となっている。中高年男性を「おじさん」というのであれば、私もまぎれもなく「おじさん」であるが、批判の的となっているのは「おじさん的なもの」なのではないか。

その代表を今年を振り返る形で見てみると、森喜朗さんや河村たかしさんの言動だ。記事では、田中俊之氏の「おじさんたたきの背景に、MeToo運動やジェンダー平等を求める世相があり、男性の論理が支配する男性だけの社会そのものが異議申し立ての対象となっており、その象徴としての「おじさん」が叩かれている」という分析を載せている。田中氏は、男社会の競争原理に乗っ取って勝ち抜いてきたために女性や若者の思いに鈍感で、ないがしろにする「権力者」は多く、そういう人が批判の対象となるのは当然だとしても、中高年男性を十把一絡げに「仮想敵」の仕立て、スケープゴートにする風潮はいかがなものかと、異議を申し立てている。これを見ると「おじさん」の私もちょっとほっとする。田中氏は、「普通」に手が届かず生きづらさを抱える中高年男性も実は少なくないが、より厳しい現実に直面している若者や女性からは、「おじさん」世代全体が「特権」を享受しているように見えるのかもしれないという。

ジェンダー研究の第一人者である江原由美子氏の見立ては少し手厳しいが、「おじさん」世代は、素直に耳を傾けるべきだと思う。江原氏は、「男らしさ」から抜け出せない中高年男性が、自らバッシングを呼び込んでいる、「男性特権」に居座り続け得るためにおじさん世代みんなで共謀しているように見える。もし、生きづらさが分かるのであれば、権力の側につくのではなく、同じように悩む女性や若者に寄り添うべきだ、と。

最後に再び、田中氏が、「おじさん」にアドバイスしてくれる。これには共感した。自分が「おじさん」であることが、自分の考え方や行動、生き方を規定しているという視点を持つことが大事。(つまり、自分で、堂々と自分の考えを述べ、自分で考えて振舞っているつもりでも、それは、自分から出たものじゃ全然なくて、「おじさん」であるという外的な規定からもたらされたもの)、日本国籍があり、心と体の性が一致している異性愛者といったような「おじさん」は、自分が考えずに生きていける存在だと自覚する必要がある、というのだ。私も考えてみれば、日本社会で男性として生まれて生きてきたというだけで、相当特権的な地位を享受してきた。もし、こういう自覚がなければ、俺様こそが正しくて、女子供は黙ってろ、という指弾されるべき「おじさん的なおじさん」になり、そして指弾されているということすらも気づかないようになってしまうのだろう。

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