UA-92533382-1 よつば農場便り: 2021年7月

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2021年7月19日 (月)

オリンピックの見直しを

宮城県で行われるオリンピックのサッカーの試合を有観客にするかどうか。宮城県知事の村井さんは、強く有観客を主張し、宮城県でのプロ野球やプロサッカーの興業が有観客で行われていることを引き合いに、「不公平」などを理由に挙げている。

オリンピックに反対することで「反日的」と目されてもかまわないので、あえて私は、オリンピックは無観客でやるべきだと思う。そして、プロ野球やプロサッカーの試合との違いと言えば、楽天球団が試合に勝利して盛り上がったとしても、自民党や公明党が選挙に勝つとは限らないが、オリンピックが盛り上がれば、政権与党が選挙に勝利するだろうからだ。

それくらい今回のオリンピックは、政治的であらかじめ一部の企業や階層や利権を持つ人々のためだけに企画されたもので、当然、多くの日本国民が心から歓迎できないのは「反日」的なことではなく、当然のことなのである。それは、宮城県知事の村井さんが主導したコンクリートで巨大防潮堤や河川工事をする復興が、震災からの復興を意味しておらず、村井さんも私も生きていない100年後の東北地方の住人がため息をついて、100年前の先人が作った巨大なコンクリートのがれき群を見て、自然災害を防ぐこともできなかったし、人の生活も戻ることはなかったと思うのに等しい。

それにしても、安倍さんもスガさんも、いくら何でもやりすぎては罰が当たると思う。「天網恢恢疎にして漏らさず」という。熱海の谷間に、土砂を盛り、法令を無視して産廃などを埋めてとりあえず目の前から見えなくしているうちに、自然の力がついに人間が浅はかにも作り上げた盛り土を押し流し、大惨事をもたらしたように、安倍さんが核発電所の津波の備えを無視し事故を引き起こし、、虚言を弄してオリンピックを誘致し、公文書や桜を見る会については、産廃を土中に埋めたがごとく、なかったこととして見えない化し、その間にも憲法に違反する法令違反を繰り返し、それをスガさんも忠実に支えてきたのは、虚妄の盛り土がもうこれ以上限界というように積み重なっている。オリンピック競技に純粋に参加したいというスポーツ選手の心を踏みにじっているのは、「反日的」な私たちではなく、一番は安倍さんや菅さんの罪だ。

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2021年7月 4日 (日)

現代アラブ小説全集「北へ遷りゆく時 / ゼーンの結婚」サーレフ

サーレフはスーダン出身の作家だという。アフリカ出身の作家の作品を読む機会に恵まれたこと、出版に尽力してくれた出版社や訳者、その他の関係者に感謝したい。

さて、「北へ遷りゆく時」は、アフリカ出身の主人公が、イギリスに留学し、そこで引き起こした事件が、物語中の秘密の出来事となっている。スーダンとイギリスとの出会いは、地理の関係から言えば、「南北」の出会いである。このような異文化・異民族の出会いで常に重要な役割をするのは「女性」だと思う。異文化間や異民族間で結婚が起こるとき、「異」を受け入れるのは女性というケースが多いように私は思う。

生物学的に惹かれてしまう相手というのは、自分とはもっとも遺伝子が違っている相手だということを聞いたことがある。遺伝子の違いを一瞬にしてどのように判別するのか、それはとても神秘的だが、生物である人間には、そういう力が備わっているに違いないと思う。かくして、人類は「融合」し、遺伝子の多様性を維持してきたのだろうし、この物語の主人公は、それを武器に女性を征服する。そして、それは当然、「報い」を受けるように思えた。

「ゼーンの結婚」は、アフリカの農村のおとぎ話だ。日本や世界と同じように、「愚者」が実は「聖者」なのだという、民衆の経験や知恵や伝承が、アフリカの農村にも存在するのだということを確認することができた。しかし、この物語は、単なる「おとぎ話」ではない。村の様子を描いた社会主義的リアリズムでもある。村の実務や実験を担う男たちの様子が描かれるとともに、女性たちや村人たちの様子や関係も生き生きとそして簡潔に描かれている。著作は、社会主義がもっとも生き生きと輝いていた1960年代に出版されているのだ。

あとがきの解説は、亡くなった小田実さんが書いている。小田さんの文章を読む貴重な機会だし、小田さんのアメリカでの体験談が興味深い。この体験談は、「北へ遷りゆく時」を、理解する格好の手がかりを提供してくれる。

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