UA-92533382-1 よつば農場便り: 2021年5月

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2021年5月26日 (水)

バイナル・カスライン

河出書房新社から出版されている現代アラブ小説全集。そこからマフフーズ作の『バイナル・カスライン』を読む。マフフーズ1911年、エジプト生まれの作家で、1988年にノーベル賞を受賞したという。アラブ人にとっての民族的作家ということだ。非常に多作な作家ということだが、ここで紹介されていた小説は、第1次世界大戦前後のエジプト・カイロが舞台の小説だ。

カイロの富裕な商人、アフマド・アブドル=ガワードを中心とした彼の一家が紹介されている。まず、主人公の彼は、家父長的な一家の独裁者だ。誰も彼には逆らえない。厳格で恐れられている彼が、実は家の外では、酒を飲み、音楽と女を愛しという放蕩な生活を送っている。でも、おそらく彼は、自分がそういう放蕩な生活を送っているという思いはないだろう。何でも自分の意のままになり、妻や子供は自分の意思に服さねばならないと思っているから。

彼は、奥さんのアミーナが外出することを許さない。それは、当然、女は男の意思に服し、外に出ないということで女は庇護されていると思っているからだ。その妻が、夫の許可なしに、寺院に参詣するというところから、事件が起こったりする。

彼には子供が5人いる。男子3人と女子2人だ。この長い小説の中で、子どもたちもいろいろ苦労もし、成長もし、結婚したり離婚したりする。そのようないきさつが大河小説のように語られ、読み物としては大変面白く、先を読みたいという気をとてもそそられた。

時代背景としては、エジプトがイギリスから独立する波乱の時代状況があり、エジプト人の熱狂的な愛国運動が盛り上がる。その中で、個人も一家も翻弄される。大部の長編小説である『バイナル・カスライン』そのものが、3部作の一つなのだという。作者の筆力に驚きながらも、カイロ市街の猥雑な雰囲気を感じることのできるこの3部作、全部読んでみたい気もする。




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2021年5月18日 (火)

収容所群島

先日の新聞記事で見かけたこと。50年前のノーベル文学賞候補が、情報公開で明らかになった。日本人の伊藤整氏、石川達三氏が候補になっていたという。結局その年のノーベル文学賞は、ソルジェーニチン氏になったということで新聞記事は結ばれていた。

ソルジェーニチンは、ソビエト連邦からの亡命作家で、政治犯を収容していた収容所(=ラーゲリ)を描いた作家だ。昔、岩波文庫で読んだが、作品の細部は忘れたしまった。しかし、そこに描かれていた不条理で過酷な収容所の生活は何となく覚えている。

思想の自由を許さない独裁国家にとっては、収容所は必須の国家機関だ。民主的な自由国家では、収容所は許されない。人権を守るためには、国家の枠を超えて、収容所がなくなるように、働きかけていかなければならない。

収容所は、自分とは異なる「悪い人」が入れられると思ってはいけない。まず、自分からといいと思っている人を収容し始め、やがて、収容所がある限り、自分もいつかは「収容」される。自由な国家では「収容所」は許されない。

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2021年5月14日 (金)

ケアの精神

河北新報2021年4月6日付の記事で、伊藤公雄氏の談が要約されて載っていた。家事や育児、介護など家庭での「ケア労働」がコロナ禍でより女性に重くのしかかっている現状で、どのように考えるべきかが示唆に富む内容だった。

この中で、男性に対する指摘は耳が痛いところもある。

たくましくて強い男性像という固定観念が、男性自身にも障害となり、他者の生活や身体への適切な気遣いや配慮ができず、自身に対しても体調が悪くても無理をするなど、ケア意識が不足する、と。なるほど、「自分に対する思いやり」もケア意識なのだ。しかし、「強いもの」は自分をも大事にしないということなのだろう。

伊藤氏の提案は、男性が、育児に限らず、自覚して家庭のケアを担う経験をすることだ。そうすればケアの精神が芽生えるチャンスとなると。




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2021年5月 2日 (日)

戦場のメリークリスマス

大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」4K修復版の全国劇場公開はこれで最後、という文句に引かれて見てきたが、いい映画は何度見てもいい。


 


改めてみても、たけしの演じた原軍曹の存在感はすごいと思った。たけしにせよ坂本龍一にせよ、役者としては素人で、当時、本人たちはその演技のぎこちなさをとても気にしていたという。しかし、演技のうまいヘタではなく、役者が持っている存在感や役者が背負って持っているそのものが大事なんだということをこの映画は示してくれている。それを分かっていてか狙っていてか、こういう配役にした大島監督が素晴らしい映画監督だと言えばそれまでなんだろう。


 


映画の中で、日本軍敗戦後、たけし演じる原軍曹は、戦犯として裁かれることになる。刑の執行日の前日を演じたたけしは、すっかり浄化されてしまったかのような雰囲気を出す。捕虜収容所で、暴力をふるっていた野卑なたけしから、どうしたらこんなふうに石鹸で洗い立ててみたいに、浄化された人間が立ち現れてくるのだろう。それをカメラにとらえたこの映画は、やはり見るべき価値のある名画だ。


 



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