UA-92533382-1 「嫌韓」と「親韓」: よつば農場便り

« 懐かしい「そこ」 | トップページ | 将来を失うための選択 »

2020年5月18日 (月)

「嫌韓」と「親韓」

2019年12月10日付の『河北新報』に掲載されていた伊藤昌亮氏の論考が面白かった。昨年の記事であるが、切り抜きして取っていたので、ぜひ伊藤氏の論考の概要を紹介させてほしい。

隣国である韓国に対する態度で二分される。それは、「嫌韓」と「親韓」だ。伊藤氏は、両派の時代背景や心理を分析する。

まず、「嫌韓」のほうだ。

「嫌韓」の背景は、歴史認識問題だ。韓国が日本の戦争責任追及の姿勢を強めたのに対し、日本では歴史修正主義という動きで対抗していく。この歴史修正主義の動機は、敗戦を受け入れたくないという思いと、「東京裁判」を退け日本の自尊心をとりもどしたい人々にとって、「嫌韓」は日本の戦争責任を免罪する旗印となる。

もう一つの「嫌韓」の背景は、韓国の経済的躍進と日本の沈滞だ。こういう沈滞しているときほど、日本経済を礼賛する本がたくさん読まれた。

まとめると、「嫌韓」は二つの「敗戦」感情に支えられているという。ひとつは、太平洋戦争。もうひとつは現在の国際競争。これらの敗戦を認めたくないというのが、「嫌韓」を支える感情であり、それは、高度成長期への復古的な思いが強い中高年層に見られるという。

さて、もう一つの「親韓」のほうだ。

これは、女性を中心とする若年層に見られ、彼ら・彼女たちは政治的・経済的な文脈から比較的自由にふるまうことができ、文化の領域に密着しながら、両国間の差異をシンボリックにとらえているという。

伊藤氏が出していた日韓のアイドルの差異が興味深かった。日本のアイドルは、かわいさが偏重され、韓国では美しさや力強さが志向されるという。

この両者の差異を基に、「親韓」の若者たちは、閉塞的な日本のシステムに対して、どこか違うところ、別の価値観や生き方を求めているのではないかという、伊藤氏の分析は、なるほどと思わせるものがあった。

「嫌韓」と「親韓」の2つの態度をまとめると、

ひとつは、「復古的な思いから、自らの在り方をどこまでも肯定しようという態度」

もうひとつは「進取的な思いから、隣人の在り方に学ぼうとする態度」、

ということだ。

伊藤氏の論考、読んで自らの思考の糧となった。伊藤氏に感謝申し上げる。

さて、考えさせていただいたので、自分の考えも。私は、韓国や台湾やほかのアジアの先進国からは学ぶべきところがあれば学んだほうが良いと思う。それほどお堅く考えないとしても、韓国のエンターテイメントと作品は面白いし、確かに日本にないものがある。それは、韓国人の性格にも言えて、面白いいい隣人なのだから大切にすべきだと思う。一方で、日本にもいいところはあるのだから、それはそれで大事にすべきと思う。私は、年齢だけは立派な「中高年層」の人だけど、政治的・経済的にそっちの立場にいる人でないから、割とこだわらない立場で考えられるのかと思う。やはり、そっちの立場に入れない人が多いだろう、若者や女性のこだわりなくアンチテーゼを求めることを支持・応援したいと思う。

 

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村

|

« 懐かしい「そこ」 | トップページ | 将来を失うための選択 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 懐かしい「そこ」 | トップページ | 将来を失うための選択 »