UA-92533382-1 物語: よつば農場便り

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2020年3月25日 (水)

物語

「物語」は、人類が所有する独特のものだ。「物語」をもつからこそ、現生人類(ホモ・サピエンス)は、アフリカから全地球上に、他の種を圧倒して、これほどまでにはびこることができたと、主張する歴史家もいる。

「おれは今腹がへっている。お前が持っているバナナを、おれによこせば、お前はその善行により死後天国に行ける」

これを、人類の仲間である霊長類のチンパンジーに言っても相手にされないが、それを信じてバナナをよこすことができる能力を獲得・進化させてきたのが現生人類である私たちだ。「会社の大事なカネを落として困っている。期限までに返さないと大変なことになる。300万送ってくれ」という偽の孫からの「物語」を信じてしまうのも、人類の「物語」能力のおかげだ。

政府が、大学に向けて、文系学部は役に立たないので廃止するようにとの通達を出したことがあった。あの深い意図は、「物語」を廃止することではなくて、政府が「物語」を独占することなのではないかと、そんなことを薄々感じ始めた。

人間は「物語」が好きだ。先日、オリンピックの聖火が来たとき仙台駅には5万人もの人が見にやってきた。「原発事故と津波から復興を象徴する平和の祭典オリンピック。そしてそれを唱道する力強いリーダーの私」という物語に人々は酔いしれる。

こういう力強い物語がなければもっと他に復興の道はあったかもしれない。人口減少と高齢化の中でも、人々が幸せに暮らせる暮らしの仕方や産業や働き方。そして何より、いつも暮らしの安全を脅かす核発電所の廃止。そういう復興に代わって、高い防潮堤とコンクリートに囲まれた醜い街区には、人影はまばら、人の活動も人の気配もあまり感じられないという復興が、大きな「物語」に組み込まれて見えなくなっている。

今朝の新聞報道によれば、「物語」の完成は1年後ということになった。この1年の間にさらに「物語」は荘重になり精度を増してくる。「人類史上初の、大感染症を見事に乗り切ったすばらしい日本人の勤勉さと能力。そしてそれを力強く唱導した私」という新たな物語だ。この大感染症時代も、本当はもっと違った立ち直り方や、人類が行くべき方向があるはずだと思う。大きな「物語」に収斂(しゅうれん)させられないように、私たちは「物語」の真偽を見極める「物語リテラシー」を身につける必要がある。

 

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