UA-92533382-1 種子法を考える: よつば農場便り

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2020年3月14日 (土)

種子法を考える

TPP交渉差し止め・違憲訴訟の会が発行している「TPP新聞」の記事から、種子法について考えてみたいと思う。

安倍自民党政権の政策推進により「種子法」が廃止された。「種子法」は国など公的機関が責任を持って種子を供給することを義務付けたもの。なぜ、これがなくなってしまったかというと、自由貿易協定を各国と結ぶため(特にアメリカと結ぶため)に、国内の保護的な政策をなくし、自由交易で活躍するグローバル企業の足かせをなくすためである。

同じく、亡くなった保護的な政策は除草剤のグリサポートの残留基準値の高いレベルでの規制や、遺伝子組み換え表示の厳格化など。

「保守」や「愛国」を標榜する人たちは、なぜこういうときだけ保護的・保守的な政策が廃止され、「自由」が到来すると喜ぶのだろうか。彼らは「リベラル」だったのか?

理由はおそらく何を保護してきたかということに関わる。種子法や厳しい残留農薬基準は、アメリカやアメリカを中心とする多国籍企業から「日本人の生活」を守ってきた。それは憲法が保障する健康で文化的な生活を保障する権利を守ってきた。だから、自称「保守」「愛国者」などは、日本人の生活や憲法で保障された権利が崩壊していくことを喜んで見ている。

だが、これは(こういう言葉を使いたくないが)「売国的」行為ではないのか。種子を多国籍企業に抑えられれば、命の命脈である食料を自由に作れない。一身・一国が独立しない状態になるのに、なぜ喜んでこちらから手もみして、頭を下げて相手にすり寄っていくのだろう。アメリカや大企業は自由交易協定を結べば、「自家採取禁止」を打ち出してくる。命のもとを、頭を下げてどうぞ、わたくしめにお売りください、なんでも致しますからと、物乞いしなければならなくなる。プライドだけは高い「保守」「愛国者」はなぜ、これを安倍さんに許しているのだろうか。

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