UA-92533382-1 吉田裕『日本軍兵士』(中公新書): よつば農場便り

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2020年2月 2日 (日)

吉田裕『日本軍兵士』(中公新書)

吉田裕先生の『日本軍兵士』(中公新書)が多くの人に読まれている。そのことがとても喜ばしい。本当の戦争、リアルな戦争とはどのようなものかを知りたい市民の方がこの時代に、こんなにもいるということが、日本の「民力」(これは、民主主義度、だとも思うのだが)も、大したものだと思うのだ。この時代、国会議員が、「紛争は、戦争で解決すべき」という時代であるし、「お国のために身を賭す」ことがいかにもロマンチックに憧憬を持って語られる時代であるし、戦争はかっこいいものだと思う人が他民族やアジア人に憎悪をあおる時代でもあるし、緊急事態条項で自由な言論を押さえ、憲法を変えて戦争ができる普通の国を目指す人たちが国政をリードする時代である。

昨日の吉田先生の、大学での最終講義は一般にも開放され、兼松講堂にたくさんの人が聴講に訪れた。ここにも、大学関係者やゼミ関係者以外の市民の方々と見受けられる人たちが沢山いた。平和を希求する人たちのこれほど多いこと心強いことだ。

さて、戦争がかっこいいことだと思う人、日中戦争や英米などの連合国に対する日本の戦争が善意の戦争、正義の戦争だと思っている人は、ぜひこの『日本軍兵士』を読んでほしい。そもそも、日本軍や政府・官僚たちは1945年の敗戦時に、国内・国外で大量の公文書を焼却処分している。だから公式な戦争の姿はわからないようにしている。これは今の安倍さんのやり方と同じで、「公文書はないのだから、戦争犯罪や人権侵害は一切起こっていない。中国・朝鮮をはじめアジアの人たち、日本の民間人や兵隊で戦争で苦しんだということはない」と、これも安倍さんと同じで、ただ主張を言い募るだけしかしない。

そこで吉田先生は、戦争のリアルを描くために何をしたか。これが、画期的で、そしてこの『日本軍兵士』という著書の素晴らしい点だ。徴兵された兵士の身長や体重のデータを集めたり、従軍兵士の証言や手記を収集・分析したり、軍医たちの著作から証言を拾ったり、戦前は一般人が見ることができなかった軍関係の雑誌の記述から拾ったりして、戦争というものがどういうものかまざまざと、読む者に思い描かせてくれる。

「戦争がかっこいいものだ」と思うものは、戦争になれば、自分が机上で作戦を立てるほうに回れると思っているのだろうか。『日本軍兵士』は机上の無謀な作戦が、どれほど日本軍兵士を苦しめたかを理解させてくれる。兵士たちは、心を病み「拒食症」となって死んでいったという。殺し・殺されという場面に遭遇し、心身ともに極限の疲労に追い込まれると、人間は自ら生きることを拒否するというのだ。

『日本軍兵士』の吉田先生の後書きも気になった。先生の御祖父は「鬼盾」で「しこたて」というお名前だったそうだ。これは万葉集に由来する。み国や天皇のために、醜い盾となって命を投げ出しお守りするという歌が万葉集にある。日清・日露戦争以来、そして先の大戦の時まで、この歌は強調され、国民の思想を縛ってきた。この後書きを読んで、なぜ安倍首相が「万葉集」にこだわったのかということに気づいた。男女の恋愛に夢中の「古今和歌集」、わびさびの新しい美意識の「新古今和歌集」じゃなぜいけなかったのだろう。東京オリンピックも「令和」も改めて、安倍さんが推奨することには、背を向け、平和や民主主義を守りたいと思う。

 

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