UA-92533382-1 よつば農場便り: 2020年1月

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2020年1月29日 (水)

京都の福山さん、がんばれ

京都市長選の選挙運動が行われている。震災後、京都とは縁ができ、他人の事だと思えない。選挙権はないのだが、京都市民の願いをかなえる一番ふさわしい候補は福山和人さんだと思うので応援している。

その福山さんに対して、自民党の現職候補の陣営が、「京都に共産党の市長はNo」という大きな新聞広告を出した。この手の広告やビラが出回る時は、本当に自民党や公明党が追い込まれている時で、それだけ、彼らも選挙は接戦で、どんな手を使ってでも勝たなくてはいけないと考えているのだろう。

残念ながら、仙台でも過去30年間の間で私が記憶している限り、こういう怪しいビラがまかれたことがある。それは、自民・公明が批判され追い込まれ、反対勢力が伸びそうになる絶妙のタイミングで行われた。共産党=アカ=危険=アブナイ、というすりこみは恐ろしいまでに日本人に染み込んでいるので、こういうレッテルを貼られると、伸びようとしていた勢いはしゅんとなってしまい、目論見通り、自民党・公明党は勝利した。彼らの狙いは、そもそも有権者に嫌気を起こす、ということだろう。そうなれば、投票率が低くなる。それで選挙の勝ちが転がってくるということだろう。しかし、当然、これは民主主義を冒とくしたようなものだ。

京都市長選も、こういうレッテル張りに負けずに、市民の方々はますます盛り上がって、必ず選挙に足を運んでほしい。多くの市民が投票に行けば、それだけ市民の声を拾ってかなえる候補である福山さんが当選する。福山さん、がんばれ。

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2020年1月23日 (木)

河井夫妻

新聞の広告に出ている週刊誌の見出しを見ると、公職選挙法違反の疑いで捜査されている国会議員の河井夫妻に大量の選挙資金を与えたのは安倍首相だということだ。

 

河井夫妻の疑惑は、選挙のウグイス嬢の日当に公定の金額の倍を渡したというものだ。そもそも、人手不足でかつ激務であるウグイス嬢を公定の安い日当で引き受ける人はいない。だからやってもらうには、それ相応の手当てが必要という議論もある。だから、公職選挙法は時代遅れで、いちいち金額まで決める必要はないという主張もある。まあ、「買収」が横行した時代を経たうえでそれを予防するための法律なので金額を規定するのも仕方がないかなという気がするが、このような河井夫妻擁護の声にも一理あるような気がする。

 

そこで私が思うのは、結局、金がある人しか当選できない。そうなるとカネがあるのは自民党で、やはり選挙は自民党が強いということになる。でも、金があって当選した人の中からは、メロンで有権者を買収したり、ギャンブル会社から便宜を図ってもらったりするおかしな人が出てくる。そうであれば、金がない普通の人が政治家になれば、政治家として仕事を託すのにふさわしい人が出てくるのではないかということだ。

 

それを妨げているのが、日本の場合、選挙に出るために異常な高額の金銭を供託する制度だ。巨額の供託金のせいで、結局金がある人しか政治家になれない。供託金は、おかしな人が選挙に出るのを防ぐための制度だと言って、供託金を擁護する人もいるが、金がある人の方が不適切な人が出るのであれば、政治改革のために見直すべきは異常な「供託金制度」だと思う。

 

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2020年1月19日 (日)

スティング

スティングと言ってもロック歌手ではなくて映画である。

 

ポール・ニューマンとロバート・レッドフォード主演の「詐欺」を主題にした映画である。

 

「詐欺」は単純な嘘ではなく、仕掛ける方に相当の知能があり、人の心理が深くわかっていないと仕掛けることができない。

 

主演の二人が、標的である組織のボスを追い詰めていく過程は、とてもよく人間心理を突いている。例えば、組織のボスは、不正に競馬の勝ち馬を知らされ、一着の馬に賭けようとする。しかし、賭けの締切りに間に合わず、目の前でみすみす賞金を取り逃してしまう。そうなると人間はもう熱くなるもので、次は、50万ドルもの大金をつぎ込む。

 

見ている方も、どこまでが彼らの仕組んだ詐欺で、どこまでが本当の話だか分からなくなってくる。脚本の方も、良く人間心理を研究している。

 

私も騙されたと思ったのは、「殺し屋」というのは人相の悪そうな男が相場、と思い込んでいたからだ。ロバート・レッドフォードを狙う名うての殺し屋が女性だったのだ。こういう人間のステレオ・タイプや思い込みは、持たないように気を付けていても、人は知らず知らずのうちに固定観念に支配されている。そこを巧みにつくのが、小説家や脚本家、そして詐欺師という職業の人たちだろう。

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2020年1月17日 (金)

オリンピックと愛国

2020年1月8日付の『河北新報』に政治学者・将基面氏のインタビューが掲載された。この夏、「東京」で大いに「愛国心」が喚起されるだろうこの状況下で、「愛国」を研究してきた将基面氏の愛国に関する知見には注目すべきものがあった。以下、将基面氏のインタビューの要旨を私なりにまとめてみた。

 

・スポーツにおける選手と観客との非対称的な関係とは?…選手の方が国境を越えて活躍していくのに対し、応援する側は自国の選手を国の代表として、ナショナルアイデンティ―と結びつけて考えてしまうこと。よって、オリンピックはナショナリズムを世界中にまき散らす恐れがある。

 

・「愛国」の歴史とその内容の変容…古代ローマにおける「愛国」は、自由や平等といった市民にとっての「共通善」を重視する共和主義的な思想であった。だから、こういう意味での「愛国」は共通全を脅かす「暴政」こそが敵となる。そして、無批判な愛国ではなく、短所は短所として直視する「愛のまなざし」を向ける姿勢。

 

フランス革命以降は、国民国家の形成過程で国民の独自性に対するこだわりが折り重なった「愛国」となり、さらには、国家という世俗権力が教会から「聖なるもの」を奪っていき、人々の自己犠牲の対象が国家に移っていった。

 

・将基面氏の、日本の「愛国」に対する警鐘…国家に強く関わっているわけでもないのに、素朴に「日本はすごい」と感じるのはなんとなく愛国である「ぬくぬくナショナリズム」。これは、「日本を愛するのは当たり前」と思考停止に陥り、同調圧力がのさばり中立的な人たちまで敵視されるようになる。愛国がどうかは個人の問題であるべきで、他人に押し付けると非寛容体な社会になってしまう。

 

・将基面氏のオリンピックに対する願い…選手がどこの国の出身かはこだわらず、選手個人が秀でた能力を発揮する場として楽しめばよい。国旗・国歌も関係なくあのメダリストはどこの国の人だったんだろう?となればよい。

 

以上が、要約。

 

私も、どうも「愛国、愛国」と騒ぎ立てている人と私の「愛国」が違うようですっきりしなかったが、「愛国」に歴史的な段階や違いがあるという整理の仕方は納得がいった。いいところばかりでなく当然欠点だってあると認識して自分の国を絶対視しなければ、他国との摩擦や憎悪のエスカレートを避けることができる。そして、本来の愛国は、市民社会や民主主義といった共通善を脅かすものに対して「善」を守ることだというのは、まさに現在「愛国者」が立ち上がるべき状況である日本にこれほど当てはまることはない。

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2020年1月 9日 (木)

廓文章 吉田屋

仁左衛門さんと玉三郎さんの共演の歌舞伎舞台を、映画で見ることができる松竹シネマ歌舞伎を見てきた。名歌舞伎役者の舞台を、映像だとしても見ることができ、とても幸せ。

 

映画では、仁左衛門さんの芝居の解説や、玉三郎さんの仁左衛門さんとの長きにわたる交流を語ってくれる場面も挿入されていて、芝居への理解も深まる。

 

仁左衛門さんが語っていたが、大人のくせに罪のない子供のような伊左衛門を、どう観客に納得してもらうかというのが難しいところだが、それを仁左衛門さんは見事に演じていた。指先の動作にしても、表情にしても、動作にしても、すべて美しいし様になっている。

 

玉三郎さんもすごい。女としての夕霧の気持ちを体の動作や微細な仕草で表している。玉三郎さんにはあまりセリフがないし、あとから登場するのだが、十分官能的で堪能できる。

 

仁左衛門さんと玉三郎さんが50年以上コンビを組んでいろいろな演目を演じて来ての到達点なのだろう。でも、映画の中で紹介されていた若き頃の二人の芝居もぜひ見てみたいと強く思った。フランス公演で紹介されている二人が載ったパンフレットが写されていたが、それを見ただけでもとても美しいのだ。

 

芝居の内容自体は、場面が正月で、さらには話が大団円の、正月から見る縁起の良いお芝居。一流の芸をたっぷり堪能できて新春から幸福になれるお芝居。

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2020年1月 6日 (月)

従属主義

ツイッターなんか見ていても世論の動向はわからないのかもしれないが、私は興味があって安倍首相の支持者の方たちをフォローしていてその発言を見ている。

 

だいたいそのような人たちは、ほぼ100パーセント本名でアカウントを開設している人はおらず、もしかしたら内閣調査室の人たちが政権に有利なように世論誘導するために設けたアカウントなのかもしれないが、それならそれで、政府の考えや、誘導したい世論の方向が見える。

 

さて、そのようなツイートの中に「アメリカに殺害されたイランの将軍の死を、イラン国民が歓迎している」というのがあった。殺害されたイランの将軍は、イラン国内で自由の抑圧者であったので、改革派の国民はアメリカの行動を歓迎しているというのだ。

 

これが、政権の本音であれば、本当にこの国はアメリカの属国なのだと情けなくなった。

 

私は安倍首相を支持していないが、もし、外国の勢力が勝手に安倍氏を殺害したら、それに抗議する。第一に、日本国への主権侵害だし、国際法違反でもある。どんな悪人だって、裁判を受けずに勝手に殺されていいわけはないし、そんなことが許されたら、どこにも安心して暮らせる安全な場所は地球上からなくなる。

 

だとしたら、今回のアメリカの行為は極悪非道で、世界で最悪なテロ行為であり、強く批判されるべきではないだろうか。それをイラン国民が歓迎しているかのように装って、アメリカに唯々諾々と追従するのであれば、いずれこの日本にだって枕を高くして安心して寝られるようなところは存在しなくなる。

 

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2020年1月 5日 (日)

検索上昇キーワード

グーグルなどで、今急上昇中の検索キーワードは「第3次世界大戦」だそうだ。

 

これは、アメリカがイランの軍人でイラクにおいて殺害したからだ。イランは「報復」を宣言した。ここから戦争が引き起こされるのではないかという人々の懸念(もしかしたら、これを機に投棄で儲けようという意図)が反映されたのだろう。

 

このインターネットの検索キーワードというのもばかにならない。「インフルエンザ」などの検索記録からインフルエンザの流行を予測できるという学術論文があったような気がする。

 

「日の丸」「美しい日本」を主張するのであれば、もっとどん欲に「国益」を追及してもよいと思う。「国益」を考えた時、一番危険で野蛮な国の後についていくのが一番「損」をするのでないだろうか。

 

平和憲法で守られた自衛隊員を危険な地域に派遣し、凶暴な国と行動を共にし、その恨みや憎しみまで背負うことは「国益」に反することだと私には思われる。日本国民である自衛隊員の命ほど大事な「国益」はない。

 

世界中わがままな国ばかりでみんなが「国益」を主張するのであれば、隣国に輸出品を購買してもらったり、隣国からの観光客をたくさん受け入れお金を消費してもらったりする「国益」を追及していった方が、我が国の「国益」になると思うのだが。

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2020年1月 2日 (木)

小沢健二さんの「名前論」

1月1日付の朝日新聞に掲載された、小沢健二さんの名前論に興味を持った。名前を通して社会を論じたものだ。

 

とはいえ、小沢氏はアメリカ在住で、論じた名前はアメリカの名前。アメリカの中心はイギリス系で、イギリス系は名前のバリエーションが少ない。それは、結構皆さんも知っている通りで聖人由来の数種類の「名前」が中心で、それは千年前のイギリス王室の始まりから変わりなく、名前についてはとても保守的だ。

 

名前を変えずに保守的にしている理由を小沢さんは考察しているが、それは、自分たちの社会・文化に自信があり、比較的不満がないことに由来するのでは、ということだ。当然、世界中の人が英語を話す(話さなければならない)という、そういう事情も後押しして、自分たちこそが世界の中心であるという意識を助長しているのだろう。

 

そんな中で「ビヨンセ」とか「レブロン」という名前が出て来て、それはいわば「キラキラネーム」のようなもので、社会の主流派からは、もっと普通の名前にしろよとからかわれたのだそうだ。(「ビヨンセ」というのがキラキラネームにあたるというのは、新鮮な驚きというか発見だった)

 

そして、ここからさらに小沢さんの考察なのだが、そういう名前に対する変化が出てくるのは、社会に対してある種の不満があり、そういう社会に対する変化を求める気持ちが新しい名前を生んでいるというものだ。

 

日本のキラキラネームの流行については、また別の考察が必要かなと私は思ったりするが、小沢さんは、名前というのはその社会を反映したものであり、社会の変化や不満を背景に名前が変わっていくと考えている。

 

となると、アメリカ社会は変わり目を迎えているのか?社会を考察する面白い見方だと思った次第である。

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