UA-92533382-1 国民を代表するとは?: よつば農場便り

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2019年7月11日 (木)

国民を代表するとは?

国会議員は国民を代表するとは言うけど、本当にそうか?ある意味ではそうだろう。参議院の比例代表などは、医師会や連合など業界団体の代表が一人選ばれて名簿の中に入っている。業会及びその背後にいる人たちの多さを考えれば、こうやってある国民の一部が代表されているともいえる。

 

しかし、私が言っているのはこういう形での「代表」というわけではない。これを考えるきっかけとなったのは、国民=有権者側の投票率の低さ、そして訳あって今勉強している「統計」。神林博史先生の「一歩前から始める「統計」の読み方・考え方」という本が面白かった。勘が也氏先生のあとがきを読むと、何と先生は東北学院大学で教えていると言うことで、自宅から見える学院大のあの校舎のどこかで、こんな面白い授業が展開されているなんて、学生さんがうらやましい、と思ったところだ。さて、これから書くことは神林先生とは一切無関係で、私自身の考えである。

 

まず、投票率の低さ。いま国政選挙の投票率は5割前後で、おそらく今回の参院選もそのようなものだろう。しかし、今の選挙制度では、5割の投票率のうち3割を獲得している自民党が全議席の3分の2を確保している。これで、堂々と、わが党は民意を反映していると言えるのだろうか。(もちろん、「立派に反映している」という反論もあるだろう)

 

そこで、よく統計の教科書に書いてある「世論調査」だ。「世論調査」は本当に国民全体の意見を反映しているのか?理論上、「反映している」のだそうだ。それは、「スープ」の理論だそうで、スープの味見をする時に、全部飲み干して味見する必要はなく、よくかき混ぜで、スプーン1杯分取り出してみれば、全体の味の加減もわかるというのと同じことだという。つまり、うまく国民全体を代表するように人を選んできて、その人たちに意見を聞いてまとめれば、それはほぼ国民全体の意見を集約したことになり、その真の意見とのずれは、誤差の範囲なのだ。

 

ということは、「世論調査」で意見を集約してそれを、選挙に反映するようにすれば、うまく国民全体の意見を反映させることができ、そうなれば国会議員は多様な国民の意見を代表する真の代議制民主主義に近づくのではないだろうか。

 

各社の世論調査で少し違いが出るのは、読売新聞が、有権者が「よくわからない」と答えた時は、重ねて質問して自民党や安倍さんに有利になるようにしているといった多少の差はあるそうだが、今の世論調査で支持第1党は、自民党ではなく「無党」だ。有権者が、自分の意見が政治に反映されないからと、無力感を抱き選挙を棄権させないためにも、世論調査で5割を占める無党派の議員を国会の議席の半数近く配してはどうだろうか。この議員たちは無党派なので、当然、どの政党にも所属しない。何かの議題ごとに、例えば「憲法を改正しますか」「消費税を上げますか」「NHKの予算を承認しますか」と問われるごとに、いいと思う方に、あっちについたりこっちについたりして決めていけばいいのではないだろうか。その国会での投票行動は、自分たちを選んでくれた「無党派」の思いや心情を忖度して代表するようにするが、もしかしたら生身の人間に議員さんをやってもらわなくてもいいかもしれない。無党派の考えや気持ちがわかるようにAIを訓練して代表させてもいいかもしれない。

 

このように政治改革をすれば、低投票率も改善されるし、望ましい民主主義にも近づくのではないだろうか。今回は、まじめな提案と受け入れられてもらえないような内容になってしまったが、次回(があれば)、また「統計」と関連させて考察してみたい。

 

 

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