UA-92533382-1 kutoo運動: よつば農場便り

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2019年7月27日 (土)

kutoo運動

職場でハイヒールを強制されるのが苦痛だと声を上げた女性がいる。声を上げた女性に強調する運動がある一方で、その女性を貶める声がある。

 

例えば、その声を上げた女性がアイドル活動をしていたこともあって、「女を売り物にしている人が、男の目を引き付ける仕事をしていたくせに」とか「いやなら職場をやめたらいい」というものだ。

 

声を上げた勇気ある女性に共感する人たちの行動は頼もしいが、彼女を批判し、貶める人たちに、今の日本らしい特徴を感じる。それは、例えば、性被害にあった人に対して、そんな誘うような恰好をしていたあんたが悪い、という声が日本では大きな声になるのと同じだと思う。

 

それはさらに、兵士の慰安所で働いていた人に、他の仕事もできただろうに、自分から希望してきたのだから売春である、とか、強制労働に徴発された人に対して、他の仕事もできたのに、高給にひかれて来たのだからお前が悪い、という考えが、いま日本では、政治勢力的にも大きくなっていて、喜んで国民がそれを喝采していることに表れてもいる。

 

生きる土台が壊されていたら、人間らしい判断も選択できない。でも、それは個人が決して悪いのではない。だが、今の日本では、すべて「自己責任」に引き付けて、みんな自分が悪いと思っている。だから、他人も自己責任で全部自分で行為を引き受けるべきなのだという、社会の土台の堀崩しが起きている。

 

しかし、希望は声を上げる人自体が出てきたことだ。特に女性で声を上げる人が出てきたことだ。男女平等教育で、自分で考える力は両性平等についてきているわけだ。しかし、声を上げる女性を一番嫌うのが、戦前のような権威主義がまかり通り、生意気な口をきく人などがいない社会にノスタルジーを感じ回帰を求めている人たちだ。そういう人たちの、土台こそを掘りくずのが、自分で考えたことを自分の声で語るという人たちの出現だ。

 

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