UA-92533382-1 国民は代表されているのか?をさらに考える: よつば農場便り

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2019年7月16日 (火)

国民は代表されているのか?をさらに考える

世帯当たりの平均貯蓄はいくらなのだろうか?

 

これはよく、統計の教科書に出てくる事例だ。平均値で言うと2000万円近くになる。そんなにあるのか、というというのが、私のようなものの感覚だが、この平均値という値で、国民を代表させるのには問題があるということが、教科書に書いてあって、なるほどと思った次第だ。

 

平均値は、高いほうの値に引っ張られる性質がある。だから、世帯別貯蓄では、とんでもないお金持ちがほんの一握りいれば、平均の値が高くなってしまう。平均値で国民を代表させるのは問題があるということだ。

 

そこで、国民を代表させる値として、もっと別の値がないかと言えば、最も度数の多い階級を代表させる「最頻値」というのもある。世帯別貯蓄で言えば、最頻値は100万円未満だ。これなら、私の感覚とも一致する。

 

こんなことから、日本の政党政治は本当に民主的なのか?つまり国民の姿をありのままに代表させているのか、という疑問がわく。この世帯別貯蓄の例のように、金持ちの値である上の方に引きずられているのではないのか?100万円未満だとか貯蓄ゼロのもっとも、国民を代表する値は、議員さんの割合に反映されているのか?

 

反映されているかどうかは、本当にそのような世帯の人たちが投票に行っているのか、行ったとして彼らの投票が死に票になっているのかどうかなど、実証的に調べて見ないことにはわからないだろう。しかし、投票率の低さや世界でもまれに見る供託金の高さや世襲制や選挙制度のゆがみによって、ある特定の階級の人の意見しか反映されていないのではないか、と疑う余地は大いにあると思う。

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