UA-92533382-1 失われた時を求めて: よつば農場便り

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2019年6月15日 (土)

失われた時を求めて

プルーストの『失われた時を求めて』。傑作の誉れ高く、いつかは読んでみたいと思っていた。フランスの哲学者、フーコーやデリダ、ドゥルーズの著作を見ても、何かしらプルーストを論じていたり、引用したりしている。ということは読むべき価値があるのだろうし、引用だけでなく、元を知らなければ哲学者が論じていることも分からないだろうから、いつか読みたいと思っていて、遂に、その一歩を踏み出した。

日本の翻訳では、筑摩で出しているものが有名だが、岩波書店でも新しい訳を出したので、私は岩波文庫を読み始めた。あの有名な、紅茶を飲みながらマドレーヌを食べていると思い出がよみがえってきて…という第1巻は読み終わり、そして第2巻の「スワンの恋」まで読み終わった。でも、この先十何巻まである。しかも1冊が文庫本で400ページずつくらいある。いつ、読み終えるのだろう。死ぬ時までには?いや、死ぬまでに終わらないかもしれない。でも、焦る旅でもないし、「読んだ」という達成感や「読んだことがある」という見栄のためではないので、プルーストの延々と続く、心理描写のように、じっくりと味わいながら、読む時間があり、読む気分の時に、この先も読んでいこうと思う。

しかし、この岩波の新訳、訳者の後書きを読むと、訳者のこれまでのフランス語やフランス文学の研究の心血のすべてを注ぎ込んだものということだ。外国語に習熟することの難しさの一端を知っているものにとって、この訳業は本当に頭が下がる。背筋を正して読まなくては、申し訳ないという気もするし、各巻ごとの解説も大変優れている。訳者から受ける、恩に感謝したいと思う。

それにしても、文学なんて何に役立つのだろうか。これは、永遠の疑問だ。特にプルーストの精緻な心理描写の遠大な小説のようなものは。現代のような風潮では、短期的に利益を生むようなものが重視される。世の中を豊かにしているのは、科学技術だと、圧倒的に多くの人が思っているだろうし、文学好きでも、特に、自分の人生が恵まれているという自覚は自分自身にもない。しかし、役に立たないようなことが、実は一番役に立つのだ。人間は、物語なしでは、これまでやってこられなかったし、今もそうだし、これからもそうだろう。小説を読む至福の時間を味合わせてくれる、「失われた時を求めて」、いまやっと2巻の「スワンの恋」を読み上げることができた。

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