UA-92533382-1 報道・通信の自由の危機: よつば農場便り

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2019年5月30日 (木)

報道・通信の自由の危機

宗主国の君主がやってきて、属国を巡遊する。宗主国の威光で地位を保っていられる属国の支配層が、大歓迎をする。そんな古代の歴史のどこかの帝国であったお話が、今また目の前であったような錯覚をアメリカの大統領の日本巡遊騒ぎに感じてしまった。

だが、私がこの件で危機感を感じるのは日本国営放送の報道姿勢だ。大統領が(庶民派と喧伝される)居酒屋に到着する様子を生中継して、まるで映画スターやアイドルが御光臨であるかのように大はしゃぎして、ゲストの芸能人に、大統領の車の到着に「鳥肌が立った」と言わせる空騒ぎは、本当に危機感を覚える。

国営放送は、国営だから政権党の意向をただ垂れ流すだけの宣伝機関でいいのだろうか。政権はたまたまその時期のめぐりあわせでその地位にいるのに過ぎない。現政権は安倍さんをはじめとして、対米従属が自分たちの層の利得と権益にかなうので、はなはだしい従属をしているのだが、それが多くの国民の利益と一致しているとは限らない。むしろ、多くの国民の利益や幸福と相反する。

民主的な社会を支える大切な要素に、自由な報道がある。時の政権の威光を垂れ流すのでなく、自由で客観的な報道を望む。政権の寄り添う巨大組織である日本国営放送は、テレビだけでなく、インターネットにまでその支配権を広げようとしている。インターネットですら、国営放送に税を上納しなければ使用できないとなると、もう自由な空間がなくなる。報道と通信の危機をものすごく感じるゆえんだ。

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