UA-92533382-1 『老子―もう一つの道』 四十四 細く長く: よつば農場便り

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2019年4月 4日 (木)

『老子―もう一つの道』 四十四 細く長く

【自由訳】
「名」と「体」とどちらに人は執着するか。「名」とは表面上のもの、うわべを取り繕ったものにすぎず、「体」は実質である。「名」は失われても「実体」を取るべきだということをまずは言っておく。


天下に「財貨」が流通し、人々は「財貨」を蓄えようとする。では、「得る」と「失う」と、人々が憎しみ嫌うのはどちらだろう。もちろん、「失う」ことの方だ。だから、多くの財貨を集めたものが、ほんのちょっとの過ちで多くを失えば、悔やんでも悔やみきれないが、はじめから無一物であれば、何を失って嘆くことがあるというのか。


私たちは、適当なところでもう満足であると言って止めることができれば、世間の辱めを受けることはなく、もう十分と言ってそこで止まることができれば、身の危機となることもない。こうして「失う」ことの恥辱的な体験は避けられ、その人の「実体」は守られることになる。


細く長く生きよ。


それが誉ある最高の生き方だ。


それが「実体」を長く保ち、結局は「名」をも汚さぬ生き方だ。

 

【解説】
細く、長くの教えとは矛盾するところにも生き方があり、そのような生き方の中にしか人間のドラマはない、ということは私にもよくわかっている。では、おまえはどちらの生き方を取るのか。細く長くか、短くかつドラマチックな生き方か。

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