« 「いのちの文化人類学」波平恵美子 | トップページ | 『千年の愉楽』 中上健次 »

2019年3月15日 (金)

Gifu: recommended history trip

If you like history, the Gifu is the right place for you to visit.  Gifu was the military base camp for Oda Nobunaga, who was the most famous and most popular Samurai general at war time in Medieval ages  in japan.

 

Where is Gifu: Gifu is very convenient to go. From a bustling city Nagoya, located a central japan, it is only thirty minutes ride of rail way.  Nagoya has an international airport, and has a large railway station where almost all railways converge, including a bullet train, Shinkansen.

 

Gifu castle:  Oda Nobunaga's great castle is located on the top of the mountain. Unfortunately, the castle was fallen apart, and the current castle was rebuilt later. But you can feel what the days of Nobunaga was like if you visit there. The mountain itself is conserved, so the castle is surrounded in a deep forest.
P3130620 
You can climb to the top of the mountain, but you can also ride a cable train whose cost is 1000 yen, round trip. From the top of the castle, you can see the great view which Nobunaga would have enjoyed.

 

P3130621

 

the river which flows at the foot of the mountain is Nagara River, which is very famous for Ukai, in which waterbirds catch river fish for human beings.

 

Shrine: Shrine is the place for Japanese people to pray for their luck. In Gifu, there is a unique shrine. The name is Golden Shrine., whose gate is gold. If you visit there, you are believed to be rich.
 
P3130617
 

 


 

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

follow us in feedly

|

« 「いのちの文化人類学」波平恵美子 | トップページ | 『千年の愉楽』 中上健次 »

コメント

岐阜より少し南の方に、長篠の合戦の古戦場跡があります。
私は、昨年この辺りを訪ねて、いくつか歴史資料館を見て回りました。長篠の合戦の際の各武将の配置図も買いましたが、私はそれを見て驚きました。武田軍の先鋒には、群馬や長野の武将が多数配置されていて、山梨 (甲斐) の武将は、後方に多くいたのでした。穴山梅雪は、参戦せずに早々と撤退したというのは知っていましたが、・・・。私の先祖の隊は、先鋒のほぼ中央でした。一番激しく攻撃されたので、歴史の本では、「全滅」と描写されていることがありますが、このあたりには、私と同じ苗字や似た苗字の人が多数住んでいるので、生き残りの子孫が多数含まれていると言っている郷土史家もいます。
他に、真田一族も多数討死しています。

高校までの学校の教科書では、長篠の合戦の武田軍=甲斐の武士団、というような印象を与えていますが、首脳陣は甲斐でも、参加者の多数は余所者 (群馬や長野) だったのです。

あと、武田勝頼は、朝廷から官位等をもらっていません。私の先祖の惣領は、領地は狭かったけれど、従五位、左近大夫でした。(元公家の子孫であったために、朝廷の覚えが良かったためらしいです。) 長野や群馬にまで勢力を拡大したために、まとめにくい組織になってしまったと思います。

投稿: 猫男 | 2019年3月17日 (日) 13時59分

長篠の合戦の古戦場跡は、前橋や高崎が位置する関東平野のような大平原であると思っていましたが、起伏の多い地形でした。一部に、「@@平」という開けたところもありますが、あまり広くないです。
映画等では、大平原を疾走する騎馬隊の大軍を織田・徳川の鉄砲隊が次々になぎ倒すという感じで描写されたりしますが、そもそもそんな大平原は存在しないのです。しかも、数の上での武田軍の主力は、甲斐ではなくて、群馬や長野から参加した余所者です。
実際は、どうだったのだろうか?と考えてしまいました。

投稿: 猫男 | 2019年3月17日 (日) 17時02分

私も歴史は好きで、今回念願の岐阜へ行き、信長の居城だった岐阜城跡を尋ねることができ、金華山の山頂から信長も眺めたであろう景色を見たのでした。しかし、いかんせん出張のついでに立ちよりたった半日だけの時間でしたので、博物館・歴史館にも行けず、まして猫男さんが言うように岐阜からさらに奥まで見ることができませんでした。

甲斐武田の主力がなぜ、群馬?歴史の経緯について私も非常に興味を持ちます。今度またじっくりこのあたりを時間を取り尋ねてみたいものです。

投稿: 原田 禎忠 | 2019年3月18日 (月) 21時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Gifu: recommended history trip:

« 「いのちの文化人類学」波平恵美子 | トップページ | 『千年の愉楽』 中上健次 »