« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »

2019年1月31日 (木)

祝祭に向かう国で

河北新報の本日1月31日付の記事で「祝祭に向かう国で」が配信された。祝祭とは2020年の東京オリンピックのことだ。この国が向き合うべき問題を置き去りに、または矮小化してオリンピックにひた走る日本について、いいの、このままで?ちょっと立ち止まって考えてみようよ、という趣旨の記事で、これから連載されるとの予告があった。

 

政治的には、ナチスのやり方をまねるまでもなく、祝祭のという幻想を振りまいて、国民の目をさらせるのは大変優れた手法だと思うし、私が万が一にも、宰相の地位にいれば、取りたくなる政治的選択だ。しかし、ジャーナリズムの役割は、そうじゃないだろう。政府が右というものを左にと言うわけにはいかない、というのではジャーナリズムではないと思う。こういう問題提起をする記事を配信する『河北新報』を支持したいと思う。

 

1回目の記事に登場するのは、台湾生まれ、日本育ちの作家、温又柔さんだ。彼女のような日本社会の「中央」でなく「辺境」に位置するような人だからこそ、見えるものがあるのだろう。1回目の記事で、彼女は、新国立競技場の建設現場で、「海外からの人を受け入れるだけの場所としてきれいに整備され、怖い気がする」とか、日本ですでに暮らす外国人に対して「すでにいるのに、いないことにされている人たちをないがしろにしたまま五輪と言われても、高揚感はわかない」などの感想を漏らす。

 

私自身も高揚感はない。外国から日本に来て、労働災害に巻き込まれて腕を切り落とした人がいることを知っているのに、そして、彼女を受け入れた語学学校や日本での勤務先が、彼女に対してはたして責任ある対処をしたのか、よくわからないのに、手放しでオリンピックに浮かれていられないのだ。こんなことは、オリンピックには関係ないという人もいるだろうけど、私にはどうしても、取り残された方、周囲にいる人の方が気になってしまうのだ。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 社会思想へ
にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月28日 (月)

『老子―もう一つの道』 三十 道によらずば衰える

【口語自由訳】
根本なる道理を体して天下のことにあたる人は、武力に訴えはしない。根本に立ち返るのである。戦争や軍隊は禍々(まがまが)しいものだ。謙遜を尊び強さを誇らないことはすべてに通じる生き方だ。栄えすぎるものは所詮長続きはしない。細く長く続くのが良いと心がけよ。

【解説】
老子は平和主義者である。戦争と軍隊の害悪を説く。
謙遜の徳を説くことは常に変わらぬ彼の姿勢。
極端すぎること、強盛すぎること、それを彼は嫌う。ゆっくりと長く細く続くことそれを尊ぶ。そこに老子の智慧がある。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月26日 (土)

「アンダークラス」の筆者・橋本 健二氏のインタビュー記事

本をゆっくり読む時間がなく、新聞の書評欄を見て、ああ、あの本を読みたい、この本も読んでみたいと、思いを巡らしている。1月20日付の河北新報に「アンダークラス」(ちくま新書)を上梓した橋本健二氏のインタビュー記事が載っていた。

 

キーワードは「クラス」つまり「階級」なのだ。社会主義国家のほとんどが滅んだ今時、マルクスの用語の「階級」は時代遅れだろうと思われる方もいるかもしれないが、そこを橋本氏はデータ分析から明らかにしたとのことだ。

 

今、日本では「下層階級」が存在するという。非正規労働者を中心としてその数は約930万人。平均年収は186万円で、貧困率は4割。4人に一人は健康状態がよくないと自覚し、2割の人が心の病気を経験している、とのことだ。

 

930万人と言えば、おおざっぱに日本の人口の10分の1、これは立派な「階層」であるし、「階級」と言いなせないこともない。橋本氏は「階級」の視点から日本社会の格差の研究を続けていると言う。そして、研究をする時、いまさら階級かと変人扱いをされたとのことだが、データからは、1980年代から格差が広がり始め、この30年で巨大な「アンダークラス」が形成されたという。

 

「アンダークラス」が一大「階級」になれば、この階級に働きかければ巨大な政治勢力になるはずなのに、日本はそうなっていない。私が、橋本氏の研究で興味を持ったところは、アンダークラスは、生活に不満を感じても「支持政党なし」になる傾向が強く、政治に対して期待できないため関心を失っているという。

 

ここまでインタビュー記事を読んで、これが安倍政権や自民党の強さなのかと、1つまた合点がいった。安倍政権が、安倍さんや側近の優れた手腕による強さという面もあるのだろうが、大いに幸運や運も味方している。福島核発電で、自分達が仕込んでいた時限爆弾が、たまたま民主党政権のときに破裂して全部罪を彼らになすり付けたこともそうだが、国民の間に格差と貧困が広まれば広まるほど、安倍さんや自民党政権は政治勢力を増すのだ。橋本氏の研究の通り、一大階級である貧困層は政治に関心を持たず、苦しい生活は自分たちのせいだと思い込んでいるのだ。幸運な選挙制度のおかげで、政治無関心層が増えれば、自民党議員は選挙でどんどん当選する。

 

貧困や格差については、もっと国民全体も意識を変えなくてはダメだ。彼らは、「政治に関心がない」のではなく、「関心を持つ機会」すら奪われているのだ。自己責任としてこの階級に属する人を責めるのではなく、貧困はあらゆる機会を奪い、人間としての尊厳が破壊されるということと捉え、貧困や格差是正に取り組む政治勢力が強くならなければならない。貧困を放置して、そこから最大の利得を得る政治勢力は弱くなるよう、私達は未来に向けての選択権を行使すべきと思う。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月21日 (月)

是枝監督へのインタビュー

2019年1月20日付の朝日新聞に「万引き家族」を取った是枝裕和監督のインタビュー記事が掲載されたので、そこからの要約。

「万引き家族」が国際的にも評価されたことについては、貧困の問題、家族の置かれている状況などが普遍性を持った可能性と、役者さんたちの熱演と共演の妙を指摘。

カンヌ映画祭で再交渉を取った際に、安倍政権からの祝意を辞退したことについては、公権力と表現者がきちんと距離をとることの重要性を指摘。

安倍さんからの祝意を拒んだこと自体が政治的で、芸術に政治を持ち込むなという批判者に対しては、あらゆる言動は、映画監督に限らず、社会生活を送っている以上、政治的であり、非政治的にふるまうこと自体が政治的だと解答。

そのうえで、辺野古に新基地を作ることへの反対署名を呼び掛けたタレントのローラ氏が批判されていることに対して、日本以外の国では、俳優やタレントが堂々と政治的な意見を表明しているのに、日本ではスポンサーの意向を気にして政治的発言を控える傾向が強いと指摘。なぜ、ローラが批判されて、総理公邸に招かれるTOKIOが批判されないか、疑問に思うと表明。

以上が是枝氏のインタビュー記事の中から、私が興味深く思ったところを引用・要約。

そこから、考えたこと。

日本の国営放送は、国政選挙の前など、あえて非政治的にふるまい、選挙の争点になるような問題は今の日本にはないし、日本はこんなにも幸せでいい国なんですよというニュースばかりを流す。あえて、非政治的にふるまうことで、政権党の自民党はどれほど選挙で恩恵を受け勝利してきたのだろうか。こんなふうに、政権党への批判ばかりしている私は、是枝監督に倣ったわけではないが、権力とはあえて距離を取った方がいいと思っているから。といっても、私にすり寄ってくれる権力者はいないのですが…


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月18日 (金)

うそ

「嘘」が広がることについての不安感がある。行政の長として、津波対策のことを聞かれてそんな対策は取る必要がないといったことに対する事故の責任を、事故がなかったかのように、もしくはあったとしてもごく軽微であったと言いなすことで、免れてきたことから始め、福島核発電事故は完全に収まっているからと言ってオリンピックを強引に招致したことなど、一番地位が高く、責任と決定権がある人が「嘘」をつけば、「嘘」は世の中に蔓延する。

 

長上のウソに合わせるためには、怪しいコンサルタントに巨額の金を払っても強引にオリンピックを誘致しなければならなかったのだろうし、経済が絶好調のように見せかけるためには統計の数字も書き換えねばならなかったのだろうし、国有財産の売却、大学の新設、女性を暴行した人が罪に問われないというのも、すべては「嘘」の蔓延に関係することだ。

 

ぼくが恐ろしいと思っているのは、この「嘘」の蔓延は日本の民主主義の崩壊も意味しているのではないかということだ。日本は民主主義国家だと思っていたから、これまで安心して暮らしてきた。民主主義国家だから、不当に逮捕され、突然どこかに連れ去られて、思想改造所で拷問を受けるような目には合わないと思っていた。しかし、例えば、沖縄の県民投票を、政権党が、邪魔をして、県民の民主的な意思表示をさせないことをやるような国では、民主主義は崩壊しているのではないか。安倍さんたちは、確か、憲法改正の国民投票をやりたいはずだが、その国民投票の事務をやる市町村が、事務の予算を否決して、国民投票には参加しませんというようなことが起きたら、どうなのだろうか。そもそも、現行憲法も民主主義も否定している安倍さんだから、民主的な国民の意思表示など関係ないのだろうか。

 

安倍さんや自民党政治の恐ろしさに怖くなり、ぼくは今、「死刑」反対に転じたし、「アムネスティ」のメールマガジンを取って読んでいて、人権活動を支援しようと考えている。「嘘」は警察や検察にも蔓延してきているし、不当逮捕や冤罪もどんどん増えてきて、もう他人ごとでは済まないのではないか。日本の民主主義も憲法も、我が身を守ってくれないのであれば、国際的な拠点を持つ人権団体の力を頼りにするのも一つの方法ではないだろうか。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月14日 (月)

『老子―もう一つの道』 二十九 天下国家

【口語自由訳】
天下を取ろうとするものは、心身を激しく労し休む間がない。そもそも国家は神聖な器なのだから、作為をなすべきではない。何かをなそうとすれば、それは結局、大切な何かを傷付ける。執着すればかえって失う。すべてこの世の中にあるものは、早くいくものもあれば、遅くいくものもあり、強いもの弱いもの、多くの先頭に立って行く者があれば、人に従う者もある。だから、理想の人は、極端を去るのである。

 

【解説】
天下国家に対する老子の洞察。何もしないこと、自然に任せること、世の多様性を認めること。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月10日 (木)

Yamadera in winter

Img_20190106_124231

 

This beautiful picture was taken at Yamadera in Yamagata Prefecture. This is a quiet, sacred Buddhist temple build at the top of a mountain.  Climbing over one thousand steps from the foot of the mountain,  you can see the ground view.  But don't forget this is a religious place.  Pray to Buddha for the peace of the world and your own mind at the temple, and never interrupt with meditation of Buddhist monks.

 

How to go there:  From Tokyo, take a bullet train to Sendai. At Sendai, change trains. Take JR Senza line and stop Yamadera Station. (It will take about one hour from Sendai to Yamadera). From Yamadera Station, you can walk up the steps.

 

What to eat: Soba(Japanese noodle) is very famous in Yamagata Prefecture.  Around Yamadera Temple, there are several restaurants which serve Soba. Mitoya is one of the best restaurants where you can enjoy good Soba.


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 9日 (水)

『老子―もう一つの道』 二十八 隠れよ

【口語自由訳】
真の偉大さ、真の強さとは、強さを知っていながらも、弱さの中にとどまっていること。栄光の何たるかがわかっていながらも、汚辱の中にとどまること。山のように高く、高くなるのでなく、谷のように広く、深く、大きくなるのである。谷はすべてを受け入れる。受け入れた徳と、離れることなく一体となり、純真となる。すべての作用は谷から起こる。

【解説】
老子は高く高く積み上げていくよりも、深く広く掘りさげていくことを好む。彼が大切にしているイメージは「谷」。すなわち窪地。そこにはすべての水が流れ込む。そして、そこで一つに帰す。すべてが一(いつ)に帰す。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 8日 (火)

『老子ーもう一つの道』 二十七 跡を残すな

【口語自由訳】
善く行くものは跡を残さない。
よく閉めるものは、鍵や錠前を用いなくても、誰もそれを開けることができず、よく結ぶものは、縄を用いなくても、誰もそれをほどくことはできない。
このように、道に達してしまえば、その道に達するために必要とされる道具は不要となるし、行ったという跡を一切残さない。

 

【解説】
事を行ったとしても、その成果を誇ることはしない。したことさえあとを残さない。徹底した謙抑の精神がここにも見られる。理想の状態に達することが大事であって、そのための手段は一時の方便にすぎず、その方便は忘れるのである。
幸福への道、それはすべてをあきらめること、捨てること、忘れ去ること。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 7日 (月)

1930年代と重なることはないだろうが…

「わが国独自の文化が認められない…」と言って、国際団体から脱退し孤立的で独善的な政策を推し進める。政府の我が国の文化・歴史が一番という強気な姿勢に国民が鼓舞され、熱狂する。というところまでは、日本国民も行っておらず、冷静な、というよりは無関心な気がするが、政府の強気な姿勢は、中国大陸での画策を環椎するために、1930年代、国際協調から脱した時の日本の姿と重なる気がする。もし、歴史に繰り返しがあるとすれば、今度は大陸の国家との泥沼の戦争に突入ということになる。

 

韓国にも中国にも一切妥協せず、アメリカにはすべて譲るという安倍さんの姿勢は、今、日本国民から支持が高いが、私は安倍さんやその支持者の極右的な考えや姿勢こそが、問題をまったく解決しない一番の根本問題だと思う。そして、そういう人たちを、高く支持している、国民ももう少し勉強して、彼らこそが問題をこじらせている元なのだという自覚をもって、政治的な投票行動などをすべきと思う。

 

原爆を投下した側のアメリカ国の大統領が、広島を訪問して、被爆者と語りあった。被害者である被爆者の方々は、アメリカを憎んでもおかしくないと思うが、大統領の訪問と語り合いは、彼らの心の傷を癒す行為であったし、被害者が望んでいることはそういうことであったと思う。韓国で人権を踏みにじられた人たちが望んでいることもそういうことであり、なぜ、アメリカ国の大統領のように、彼らの心の傷を癒しに行かないのだろうか。

 

私企業が過去に行った不法行為にたいして、私企業としての補償を中国では行い、それはある程度うまくいった。韓国でも同じように行おうとしたときに、そういうことは絶対にするなといったのは、安倍さんたちだ。私企業は、私なんかと違って、政治的なことに興味があって活動しているのではない。経済合理性に基づいてだけ行動している。だから、「良い政府」とは、私企業が一番活動しやすい政府だ。もう、安倍さんたち極右には、経済的な合理性はない。経団連も、もう安倍さんたちを見限ってもいいのではないか。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 5日 (土)

『老子―もう一つの道』 二十六 根本を失うな

【口語自由訳】
重々しく静かなるものが、軽々しく躁々(そうぞう)しきものの根本にある。根本さえ失わなければ、どこへ行こうと、どのような境遇であろうと、落ち着いて自身を楽しむことができる。

 

【解説】
外界の騒がしさに惑わされない根本を養う必要がある。己の中に静けさを持っていれば、外界は己を映し出す鏡となる。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 4日 (金)

『老子―もう一つの道』 二十五 宇宙を貫く法則

【口語自由訳】
混沌からすべては始まった。すべてを貫く「それ」は全宇宙をへめぐり遍在する。この宇宙は広大であり果てを知らない。どこまでも遠くに行くことができるが、はるかに遠くに行けば、そこは己が出発したその地点である。宇宙の法則とは「道」であり、「道」とはそうであるところのものである。

 

【解説】
天も地も人もすべてを貫いて流れる法則、それは名づけようがない。名前を付けるとそれを分析してしまう。分析すればそれは消える。


にほんブログ村

follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 3日 (木)

『老子 ― もう一つの道』 二十四 誇らない

【口語自由訳】
遠くまで長く歩きたいのであれば、ゆっくり少しずつ歩め。世の中に認められたいのであれば、自らを一番だとは思うな。結局、最後に功を得たいのであれば、謙虚に生きよ。道とともにある人に万物は付き従う。

 

【解説】
自らを晦(くら)くすること、晦(くら)くして生きること。道を己の内に抱えた人は、本当の自信がある人。その人は自らを誇る必要がない。


にほんブログ村follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 1日 (火)

AKIRA

アニメオタクの娘が見ようと言って借りてきた「AKIRA」。なぜ、若者がこの古い作品を知っているのか?作者大友さんが、雑誌に「AKIRA」を連載していたのを、私自身は同時代的に知っている。精緻な絵に感心し、世界的にも大友さんの名声が高まっているということも知っていたが、毎号連載された雑誌を買っていたわけではなく、ストーリーも追えなくなっていた。あれから30年たったのだろうか。アニメ映画版であるが、はじめて「AKIRA」全部を見ることができた。

 

 

 

 

アニメの絵自体や動きが昔だなと感じたが、その作品世界の予言性には驚いた。40年も前に、2020年の東京オリンピックを予言しているのだ。40年前から見た未来物語なのだ。40年前といえば景気の良いバブル時代もあったわけだが、40年前から見た日本の未来は暗い。明るい未来では、文学作品として成り立たないので、荒廃した未来を描くものが圧倒的に多いのだろうが、大友さんは40年前に、すでに今の日本に萌しているものを敏感に感じ取っていたのではないだろうか。

 

 

 

 

AKIRAの舞台は2019年のネオ東京だ。だから今年はAKIRAがもっともっと論じられて見られてほしい。私自身は、AKIRAは難解な作品で、AKIRAとは何か、何の比喩なのかと考えさせられてしまったが、東京オリンピックに関しては、核爆弾のテロが起きるというような大きな事故の暗示のように感じてしまった。

 

 

 

 

純粋なスポーツ選手に対しては、私は応援したいと思っているが、東京オリンピックの政治的な意味や利用に対しては賛成できない。オリンピックを招致し推進し利用する安倍さんや政権政党の意図やねらいを思うと、東京オリンピックに反対なのだ。彼らの力は強力で世論対策も万全、選挙も盤石で、退かせることなど容易ではない。しかし、黒を白と言いくるめたり、友人・取り巻きだけが優遇され罪にも問われないというような、不祥なことばかりやっていれば、さすがに天地の神もみそなわして、天罰も下そうというもの。そういう不祥な力を象徴し、暗示させるのがAKIRAだと感じたのだ。

 

 


にほんブログ村follow us in feedly

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »