『老子 ― もう一つの道』 二十三 言葉少なくてこそ
【口語自由訳】
言葉数が少ないのが自然の理(ことわり)である。
だって、自然を見てごらん、大風が吹いたとしても朝(あした)にはやんでいるし、大雨が降っても日がな一日ということは珍しい。
どうして自然はこうなのだろう。天地自然の理(ことわり)がそうだからだ。自然ですら長く続くものはない。ましてこの人の世では。
だから、得ようと思えば、一体となることだ、「道」に、「徳」に。一体となって楽しむことだ「道」に「徳」に。
【解説】
天地自然は黙して多くを語らない。秘密はわれわれに閉ざされている。では、私たちはどうするのか。一体となるのである。意識を消して一体となり楽しむのである。そうすれば、あちらも私たちを受け入れ楽しんでくれる。そこに「逸楽」という喜びがある。
天地自然は黙して多くを語らない。秘密はわれわれに閉ざされている。では、私たちはどうするのか。一体となるのである。意識を消して一体となり楽しむのである。そうすれば、あちらも私たちを受け入れ楽しんでくれる。そこに「逸楽」という喜びがある。
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