UA-92533382-1 『老子―もう一つの道』二十一 「道」とは: よつば農場便り

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2018年12月 5日 (水)

『老子―もう一つの道』二十一 「道」とは

【口語自由訳】
大徳の人物を想像してみよ。その人物は「道」を体している。「道」は恍惚の中に包まれているが、そこからかすかに形があらわれ、形が実質を伴い物があらわれた時点で、そこには貫く法則がある。太古から今に至るまで「道」は必ず存在し、その名は不滅である。「道」の上にすべての生きとし生けるものは生かされているのである。この道理を知るには直観の世界しかないのだ。

 

【解説】
道の存在を確信するのは直観である。宇宙の存在の初め、それがどのような状態であったのかを、実験室で再現できるようになった。そうだとしても「道」が太初に存在したということの証拠を間接的な証拠から知るだけで、直接証明できるわけではない。

 


「道」が始めからあり、そして、現在もあることを知るのは、人の直観である。または、「道」を体現している人に出会うことであり、その人をまみえることである。

 


科学的に証明された後で、何かが初めて存在するのではない。科学以前から、それはそこにあるのだ。


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