UA-92533382-1 『老子―もう一つの道』 十四 とらえどころのないもの: よつば農場便り

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2018年11月21日 (水)

『老子―もう一つの道』 十四 とらえどころのないもの

【口語自由訳】
見ようとして見えない、聞こうとして聞こえない、つかまえようとしてつかまえられない。渾然として一つになっている。上方に探っていっても明るすぎることはなく、下方に探っていっても暗くなり過ぎるということはない。はるか永遠に続いていて名づけようがなく、もとをたどっていけば、この世に物がなかった世にたどり着く。形も様もはっきりとせず、初めも終わりも見えない。太古よりあるこの道を体得すれば、現在を自由自在にし、過去とも自在に行き来できる。これが道なるものだ。

 

【解説】
なぜ、老子を訳そうとするのか。言葉に表すことのできないものを言葉で表そうとするのか。老子は短い直観の言葉に「それ」を表し、荘子は寓言の形に「それ」を託す。

 

道を体得するには、今までの認識の方法は捨てよ。それを自分の内面からつかまえよ。忘れるまでに一体となれ。


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