UA-92533382-1 『老子』もう一つの道 十 力を抜いて赤児のごとくなれ: よつば農場便り

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2018年11月13日 (火)

『老子』もう一つの道 十 力を抜いて赤児のごとくなれ

【口語自由訳】
精神を内に抱いて統一して離れることがない。気を専一に、かつ柔らかくして、赤児のようである。迷いから離れて欠点が見えない。民を愛し、国は治まっているが、誰の仕業で何のおかげであるかはわからない。天地創造の始まりでは女性的原理となり、すべてを生み出した。世界の隅々にまで行き渡っていながらも、積極的に作用を働きかけることもない。万物を養い育てても、それを自分のものだと主張せず、自分の働きを大したものだとも思わない。この世の生成の初めにあったが、この世の働きを支配しない。これが目に見えない微妙な徳である。

 

【解説】
言葉で説明することができないものを、説明するむずかしさがここにはある。赤ん坊は案外怪我をしにくい。とっさ危急の時に、構えず体が小さく丸く柔らかいからである。

 


宇宙を成り立たせているものは何であろう。私たちの存在、地球や宇宙にありとあらゆる存在は、そのものに由来することは明らかであるが、そのものは何も語らない。そのものを、私たちがふつう認識するように認識することは不可能である。なぜなら私たちの認識というのは、私たちの存在と対立する外部のものが存在して初めてそこに成り立つような種類の認識だからである。

 


そのものを認識するためには、そのものと全く同一の認識に溶け込む必要がある。そのためには、そのものの働きをまねることだ。自己に対する矜持を捨て、自己の内部意識を柔らかく専一に保つ。


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