UA-92533382-1 『老子―もう一つの道』 二 相対的観念: よつば農場便り

« 性急すぎる「反原発」 | トップページ | 老子「もう一つの道」  三 聖人の治 »

2018年10月17日 (水)

『老子―もう一つの道』 二 相対的観念

【口語自由訳】
「美」という観念があれば、そこに「醜」という観念が出てくる。「善」があれば、「悪」がある。同じように「有無」「難易」「長短」「高下」「前後」という相対的観念も生じてくる。理想の人である聖人は、相対的な思惟を働かせず、言語を用いた教えを行わない。こうして世の中のすべての物は、聖人に使役せられることを喜ぶ。だが、聖人はその事物に対して権利や所有を主張しない。物事が成し遂げられても、それを聖人は自分の功と頼まないし、その場に長くとどまろうとしない。物事に執着しないから人々に追い払われることもない。

 


【解説】
相対的観念=科学的・分析的思考への批判。相対的な観念から離れろということ。しかし、この世に生きる私たちは相対的観念に追われ、相対的観念から逃れることはできない。ために、心身を疲れさせ、心身を自ら破ることになる。

 

また、老子が理想とする身のふるまい方、人と物の関係を述べる。ふつう、人は人の恣意のままに身の回りの物を己の役に立てようと知を動かす。老子の言う理想の大人は、恣意と己の欲望を働かせないから、物は自ら喜んで聖人に仕えようと、その方から動いて自ずから所を得る。

   


にほんブログ村

|

« 性急すぎる「反原発」 | トップページ | 老子「もう一つの道」  三 聖人の治 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『老子―もう一つの道』 二 相対的観念:

« 性急すぎる「反原発」 | トップページ | 老子「もう一つの道」  三 聖人の治 »