UA-92533382-1 『老子―もう一つの道』: よつば農場便り

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2018年10月 5日 (金)

『老子―もう一つの道』

この小考察の題名を『老子―もう一つの道』と名付けることにしたのはわけがある。「道」とは老子が理想とする本源的なものであり、老子哲学の真理がそこにある無二のものである。それをなぜ「もう一つの道」と呼びなしたのであろうか。もとより老子の「道」の重要性をおとしめる意図はない。むしろ逆である。

 


西欧に発した近代文明が世界を覆っている今、誰もが、どこの国の人もが、近代的な尺度での豊かな暮らしを求めている。しかし、西欧人が作り上げ世界に押し付けているこの制度の中では、所詮、規則を作った者たちが一番であり、他の者は後塵を拝するの他はない。

 

たまに、クラブの仲間に入れてもらえるよう、器用に自分たちを作り替える者も出てくるが、自分たちに似合わないことをやっているという違和感は抑えようがない。このルールの内で頑張っているうちは決して幸せになれるはずがない、もっと人として幸せになれる道があるのではないかと考え始める、少数の者たちが現れる。
私たち日本人は、幸い、というか、辛くも漢字文化を保ってきたので、老子の智慧へ近づく道が残されている。その道を探り、古の智慧を今日に広めることもできる。古より続く、唯一の道でありながら、世界の今日的主流から見ると、「もう一つの道」がいま光を得ることで、私たちに生きる方向の豊かな示唆を与えてくれると私は考える。


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