UA-92533382-1 よつば農場便り: 2018年7月

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2018年7月29日 (日)

聖地を巡る旅

(過去の記事の再録です)

 

聖地巡礼には意味がある。霊的な感銘を受けるため昔から人が訪れてきた場所にはそれなりのいわれがある。その場こそが,一番交感しやすい所であることを,先人たちが経験上知っていて,それが次世代へと大事に受け継がれてきたからだ。信仰という問題を抜きにしても,開発,地域振興,どんな名目にせよ,聖地を破壊するものには抗議し,やめさせるべきである。そして,われわれも聖地に立ち,確かに声が聞こえ交感できるかを反省してみるべきである。声が聞こえなくなっていれば,それは聖地を破壊しようとする側の者たちと同根なのである。


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2018年7月27日 (金)

「桑田変じて蒼海となる」

(過去の記事の再録です)

 

これは、何百年、何千年の後にはいま桑畑であるところも、海の底に沈んでいるかもしれないという、転変極まりなさを説いた古代中国の言である。哲学の良さは日常的な生活の物差しから大きく逸脱したスケールで物事を見る視点を与えてくれることである。自身の生で計ることのできる時間をはるかに越えた時間で物事を眺める視点を与えてくれることだ。はるか天空に目をやり星を眺めているやからは単なる浪漫主義者(ロマンチスト)ではない。彼は、事物を眺める常人とは異なった別の視点を欲しているのだ。


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2018年7月22日 (日)

わかるの本質

(過去の記事の再録です)

 

「わかる」ことはすでに自分の中にあるものを「わかる」ことができるのであって、はじめから自分の中にないものについては「わかる」ことはできない。このような「わかる」の理解の仕方は、東洋的な智慧の世界に近い。

 

真実は外へ探しにいっても見つからない。深く瞑想して己の内にあるものを探せ。答えははじめからお前のうちがわに存在する。おまえがおまえに出会う時、「わかる」は生じる。

 

これは逆に言うと、自分の中にないものはいくら努力しても「わかる」ことはできないということだ。心理学や精神分析の世界では「サイコパス」と分類される人々がいる。これは主に、冷酷無情な殺人犯の心理を分析して見出した人間類型である。「サイコパス」は通常では考えられないような残酷な人の殺し方をする。命乞いには耳を貸さないし、苦しんでいる犠牲者を見ても手をゆるめようとしない。サイコパスがなぜこれほど人間味の欠けた残酷さを発揮できるのかというと、彼らは人の痛みや苦痛といった感情に同情心を持たないのだ。いや、正確に言うと、彼ら自身に「悲しい」「つらい」「怖い」といった感情がないため、他人の感情を理解しわかることができないのだ。この事例からも「わかる」は自分の外にあるものを自分の中へ取り入れるという、人々が抱きがちなイメージにあてはまるというより、あらかじめ自分のうちにあるものに出会うということのほうが重要だということに気づく。


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2018年7月20日 (金)

「気づき」という智慧のあり方

(過去の記事の再録です)

知恵のあり方には2つあるわけです。ひとつは「学習」という知識を獲得する形式の知恵。「学習」は、自分の外にある知識を吸収して自分の中へ取り入れていきます。内へたまればたまるほど「知識」は増えていきます。時に、知識の量の優越が社会的な地位の格差を引き起こすことさえあります。「知識」を「情報」と置き換えるとコンピューターのモデルができあがります。「知識=情報」を外から中へ入れてやります。(インプット)。入力された「知識=情報」はコンピューターであれば命令(コマンド)に従い結果がでるまで演算が繰り返されます。人間の脳であれば、脳の意識・無意識の命令・指示によって処理されていき、格納されたり、行動を促したりと、結果に導かれていきます。


さてもうひとつの知恵は「気づき」というかたちです。「気づき」は「学習」と違って、外のものを内へ取り入れるのではありません。もともと自分の中へあるものを改めて自覚することです。「気づき」の知恵は、始めからすべては内に備わっているという前提に立っていて、こうした考え方は、空っぽのコンピューターや白紙の脳に情報や知識を書き込んでいくイメージがすっかり定着してしまった近代のいき方とは大いに逆行します。それゆえ、すぐには受け入れてもらいづらいものです。しかし、近代以前の哲学や宗教では「気づき」という形の知恵を大いに大切にしてきた伝統があるのです。だから、「気づき」という知恵のかたちに注目する人がいま少数ながら出てきたということは、古い伝統が新しい命を吹き込まれて、現代に再び現れ出ようとしていることなのです。


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2018年7月19日 (木)

機械の心

(過去の記事の再録です)

機械文明の発達によって、私たちの人生からは、事物の一回性が失われた。わたしたちが人生の中で出会う、事象や経験が、決して可逆性を持たない一回きりの出来事である故にこそ、私たちはその体験の瞬間を愛ほしみ、同時に、過ぎさり移ろひゆく過程を心から惜しむこともできたのである。そうして、私たちは、やがて、人生や自然そのものの意味に到達することも可能だったのである。


 ところが、人間には過ぎさりゆくものを記録にし、とどめおきたいという、やまれぬ本能も一方にはあり、古くは文字の発明により、民族の英雄的な歴史である口承文学は駆逐され、新しくは、録音機の発明に始まる近代の機械文明の進展により、人生のなかの様々な断片を切り取って残しておきたいという欲求は、大衆的なレベルでも満たされるようになった。

 こうして、私たちには、得るものがあった一方で、当然、失うものもあった。うしなったものは、われわれの人生の中の出来事の一回性のその貴重さであった。失われると、われわれは、人生の中の出来事を、その場かぎりと覚悟して、深く味わい、経験することもなくなり、人生は底の浅いものとなってしまった。

谷風にひとひら花の流れゆく人目千本今盛りなり


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2018年7月18日 (水)

二つの技術

(過去の記事の再録です)

 

稲作においては、米の収穫時、稲を刈り取り、それを天日に干すため「ハサ」と言われる木の棒を組み立てることがある。ハサは杭を縦棒として地面に刺し、横棒を組んでひもで結わえつけていき、稲の重みや風を受けても倒れないように全体の均衡を考えて建てていく。ハサを作るこのような技術は人間の内部に宿る技術である。しかし、同じく稲を収穫するとしてもコンバインや乾燥機といった機械は人間の外にある技術である。この二つの技術を対比させて考えていく必要がある。

 

例えばそれは持ち運びが可能な技術であるか。もちろん機械そのものは持ち運び可能であるが、もしコンバインを放置しておいて盗まれたとしたら稲刈りはできなくなる。それに対し、人間の頭と体に宿る技術は盗まれたからといって、その人の頭と体から消え去るものではない。だから技術を持った人間が移動すれば、人間の内にあるその技術は人間とともに伝わる。

 

それは、ある人が死ぬとその技術は失われてしまうかという問題につながる。持ち運び可能ということの裏返しで、人間に宿る技術はその持ち主が死ぬと同時に、後継者に伝えられていない限り失われる。それに対し、機械は存在しさえすれば、それを分解しその仕組みを知れば、また技術を再現することができる。

 

しかし、それは技術の向上・完成がその人格と一体となりその人に喜びをもたらすものであるかというところへ行き着く。未熟な者の作ったハサでは倒れて稲の収穫を損なうこともある。年月を重ねて生きていくとともに技術が向上することで、その技術の保持者に対する人々の尊敬は増し、また本人の誇りともなる。しかし、機械そのものが人々の人格向上にもたらす喜びがあるとは考えにくい。

 

このように、近代の誕生と機械文明の意味をいまあらためて考えてみたいと思っている。


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2018年7月14日 (土)

自分だけの小さな世界

(過去の記事の再録です)

パン屋、雑貨屋、食べ物屋など女の人でこういうお店を持ちたがる人が多い。どちらかと言えば私は女の人のこういう感性のほうに近いところにいる人間だ。私は、橋や、ダムや、大きな建物、ごつい建設機械、高速道路や車といったものに美しさや楽しさを見出せない。だから、世の中の主流からははずれたところにいざるをえないのだろうが。

自分の興味ある分野で小さな自分だけの楽しい世界を作る。そんな小さな世界がたくさん集まったほうが世の中は楽しくてにぎやかな場所になると私は思ふのだが。そういう世界のほうが私は好きなのだが。


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2018年7月11日 (水)

無農薬野菜

(過去の記事の再録です。核発電所爆発事故以前の記事です)

 

無農薬野菜の無農薬とは単に野菜の栽培に農薬を使用しないということだけの話ではない。農薬を使用せずに野菜が育つ畑や土の環境をどう整えていくかをじっくり観察しながら考えていくということのほうが結局は本質的なことである。科学的に合成された薬剤はある特定の病原菌や虫や小動物の発生を抑え、雑草を生えなくし、効果も目に見えて速い。しかし、そのような環境で育った野菜を人が食べたときの安全性に疑義があるのはもちろん、野菜の味、野菜の生命力そのほか総合的なことに対し、多くの人が直観的におかしいと感じているから、無農薬野菜を育てること、食べること、購入することに一定の支持が生まれているのではないだろうか。大切なことは2点ある。
・まず、野菜を食べるというのは結局、そこで育った土を食べているのと同じだ。良い野菜を食べるために、土をどう良くしていくのか。土が良いとはそもそもどういうことか。人間が生命をもらう土がどのようなものであれば人間は健康で幸せになれるのか。素足や素手で接して交感しあえる土とはどのようなものなのか。無農薬野菜の栽培はそういうことを追究していくことでもある。

・次に、土中の菌、野菜以外の雑草、虫をはじめとする生き物たち、そのような者たちとのにぎやかな共生を達成するにはどうするかということが重要になる。農薬を用いる慣行農法の田畑にたつと直観的に寂しく冷たく感じる。良い無農薬野菜が取れる田畑に立つと、そこは命あふれるにぎやかさ、温かさを感じる。野菜が育つ環境をどう整えるか。もちろん人の病気と同じで、調和やバランスが崩れ、害虫や病気が発生し、野菜が駄目になることもある。しかし、人の病気に大事な意義があるのと同じく、この均衡の崩れにも意味がある。どこかに無理があればそれに気づかせ解消させてくれるように平衡の破れは必ずあらわれてくる。そのしるしを受け取り農薬を使わなくても育つ、土中の菌、雑草、虫たちの共生する総合的な環境を整えていくということに、無農薬野菜の栽培の意義がある。

無農薬野菜は栽培の技術というにとどまらず、思想・生き方・行動にまで広がりを持つ言葉だ。


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2018年7月 8日 (日)

新聞の投稿

(過去の記事の再録です)

 

2009年6月24日(水)付けの、宮城県の地方紙「河北新報」の読者投稿欄に「ホームレスはみじめだからなりたくない」旨の投稿が掲載された。個人がこのような信条を抱くことを規制する何の根拠もないのは事実だろうが、この投書を掲載した新聞社側の見識を疑う。

この投書は「ホームレスになるのはだらしがない人たちで、ホームレスになるのもならないのも個人の自己責任だ」という考えの前提に立っている。このような考えをしてしまうと、見失ってしまうことがあり、それがこのような考えを無反省に抱くことの危険性だ。

まず、ホームレスといっても一くくりにできない個人個人で、それぞれはぞれぞれの事情を抱えて、やむを得ずしてホームレス生活を送っているということが見えなくなってしまう。「ホームレスはみじめだからなりたくない」という短絡的な思考は、そういった個人個人の抱えている事情に寄り添い、ホームレスの人々の自立支援をしている善意の人々の活動を冒瀆するものだ。

次に、ホームレスになるのは個人的事情とばかりに限らず、こういう弱い立場の人たちに社会のしわ寄せだったり矛盾だったりが、降りかかっているということを見えなくさせる。この社会が抱えている矛盾が一番弱い立場の人たちに如実に現れていて、そして、いったん最貧困層に落ちてしまったら、個人的努力では絶対に這い上がれないほど過酷なものなのだということを見えなくさせてしまう。社会が生み出している不公正や矛盾に対しては、私たち一人ひとりが、意識的に・無意識的に絶対に手を貸しているのであり、この件に対し私は潔白だといえる人はいない。しかし、「ホームレスになったのはお前が悪い」と発想してしまうことによって、人はそういった社会の矛盾から目をそらし、問題は存在しないのだと自分自身をごまかし、安心して生活できる。


 
「ホームレスになったのはお前が悪い」という発想の「ホームレス」を「らい病患者」に変えてみるとどうだろう。これはまさに、半世紀前の日本人の発想であり、らい患者達を苦しめてきた発想である。今ようやくその過ちに気づいて、国民の代表がその非を認め謝罪した。今度は「ホームレス」を「エイズ患者」や「がん患者」に変えてみるとどうだろう。個人の自己責任にしてみたところで、問題が根本的に解決しないのは火を見るよりも明らかだ。「がん」はいまや国民の3人に一人がかかる国民病だ。今日健康でいる人が明日はがん患者になっているかもしれないのだ。「ホームレス」も同じだろう。今日枕を高くして眠っている人とて、明日は路上で眠られぬ夜を過ごしているかもしれないのだ。がんと同じで、誰でもそうなりうるというくらい、貧富の格差が顕在化し、社会の安全網は弱体化しているのに、「ホームレスになったのはお前が悪い」という発想は問題の本質からわれわれの眼をそらさせる。


 

 


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2018年7月 5日 (木)

環境から見た地球の歴史

(過去の記事の再録です)

 

今通勤の電車の中で読んでいる本がNew Green History of the Worldだ。人類の文化誕生とともに、いかに地球の自然環境が破壊されてきたかを教えてくれる。人類の歴史とはまさに愚行の歴史だというふうに思わされる。

いろいろ考えさせる話がたくさんのっているのだが、旧ソ連がアラル海を破壊した話を紹介する。アラル海は巨大な内海で、かつては世界で4番目の大きさだった。アラル海のユニークさは、流入する川が2本で(アムダリア川とシルダリア川)、アラル海からは流出する川がないということだ。
 

水が入ってくるばかりでなぜあふれないかというと、中央アジアの真ん中という過酷な環境では水の蒸発が激しく、それでちょうど海の大きさが保たれていたのだそうだ。

大国や覇権主義を目指す人間の傾向は、大計画を立てて土地を人間の意のままにしようとする。ソ連は、アジアの真ん中の広大な土地を開発して綿花や小麦を栽培する計画を立てた。苛酷な環境で植物を育てるのだから水がいる。そこで、アムダリアとシルダリアが灌漑用の水として取られてしまった。アラル海は流入する水が減り、縮小し始めた。もちろん予想されていたことだが、科学アカデミーの科学者が、湖がひとつなくなったところで、何の影響もないとお墨付きを与えた。

自然を支配できるのだという、人間の夢想が一時的に実現したように思えた。ちょうど、私が中学生だった頃、地理の時間に白地図に世界の農業生産地を書き入れていた。社会科が大好きだった私は、得意になって、ソ連のところには綿花や小麦の大生産地を書き込み、植物がたわわに実る素晴らしい光景を想像していた。

大国を目指す、覇権を競う、自然を征服しようとする、大きな計画を立てる、大きな建物を作りたがる、それらはみな根が同じ私たち人類の心の宿根だ。ソ連の指導者だけを責めることは出来ないが、さて、彼らの大計画がどうなったかというと、時がたつにつれて自然の復讐を受けることになる。
 

まず、大型トラクターで土地を耕し素っ裸にして単一作物を播く大規模農業は、土地の荒廃をもたらし、時がたつに連れ不毛の大地を作り出す。トラクターで土地を耕すという発想は、草を農作物にとって邪魔者としかみなしていないが、実は草は表面の土壌を把持し、地下から水気を吸い上げ上空に雲を作り雨を呼ぶ働きをしている。

トラクターで土地を耕起してしまい、草がなくなると、表土は風に吹き飛ばされ、雨が降らなくなる。

土は無限にあるわけではなく、植物が生え農業に適している表土は何千、何万年をかけてようやく地球の表面にできたものだ。その表土が雨や風の浸食でなくなると、もうそこは食糧生産に適さない荒れた土地になる。そして草を根こそぎにしたことにより、雨が降らなくなると、ますます表土は風でどこかへ吹き飛ばされていく。

アラル海のほうはどうなったかというと、かつての面積のもう4分の1くらいしかなくなったらしく、漁業が衰退したのはもちろん、海に住んでいた魚類やその周辺にいた水鳥たちをはじめ大量の生物たちが絶滅してしまった。淡水の流入が少なくなったことにより、塩分はとてつもなく濃縮され、乾いたかつての海底から塩が噴出している。塩は風で吹き飛ばされ、付近の住民に降りかかり、地域のがん患者の発生率は他地域の数倍になる。

大きなことが好きで、自然を人間の意のままに出来ると思っている人たちは北アメリカにも住んでいるが、アメリカの大農業地帯も同じような状況だ。私が中学生のときに得意になって白地図に書き込んでいた、大トウモロコシ地帯や綿花地帯も、巨大トラクターで耕され、そのことによって土地は荒廃し、農業が出来ない土地へと変わっていく。ネイティブ・インディアンが過酷な自然条件と智慧を使って調和しながら生きてきた、その生き方も土地も彼らは破壊してしまった。アメリカ中央のオクラホマあたりで耕すことで風に舞い散ることになった表土は、大西洋の船の中にも降ってくるそうだ。

こうゆう国に食糧を依存している日本はどうなるのだろう。日本が食糧を依存しているオーストラリアやかなだなども似たような状況だ。大規模農業を好むところでは、表土の流出・喪失、砂漠化が起こっている。中国の環境破壊は言うまでもない。砂漠化により韓国や日本にふってくる黄砂の量と黄砂による健康被害は増えている。北京のすぐそばまで砂漠はせまっているし、黄河は途中で干上がって海まではたどり着かない。

トラクターを使う大規模農業は確かに一人でこなせる土地の面積を飛躍的に大きくした。ろくな機械を使わない自然農法では一人ではほんの少しの面積しかこなせない。ところが単位面積当たりの農作物の収量はどうかというと、ほとんど変わらないのだ。これは経済学の有名な原理で、資本をたくさん投入していくと最初のうちはそれに見合って収量も上がるが、ある限界を超えるといくら資本を投入しても、そこから得られるものはほんのわずかになってしまうのだ。

一人で広大な面積をこなすという考え方もあるが、その広大な面積を何百人でこなすという考え方もあるだろう。耕さない自然農でみなが小規模な面積を大事にして自給する。そうすれば環境も壊さずにこの地球と調和していけるだろう。耕さない自然農法の意義がこの本を読んでいてひとつ理解できるようになった。

不況の日本は見方によればいい機会だ。仕事がなくて困っている人も多いのだから、一人でこなすのではなく、多くの人で小さな面積を丁寧に管理していくこともよいのではないか。大きくなろう、一流国になろうという気持ちを押さえて、小さな生き方を目指すいい機会だと思う。
 


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2018年7月 4日 (水)

悲しい風景―人が自殺したくなる…

(過去の記事の再録です)

 

人が自殺したくなる建物を建てる。それが近代建築の成しとげた最高の到達点だ。

 

 
自殺者が多くでるビルや建物が必ずどこの都市にもあるものだ。一説によると、自殺にまで追い込まれた心理状態の人が自殺を実行するきっかけとなるのは、ある場所である人が自殺したということを風聞するだけで十分なのだそうだ。だから、ある時期に、特定の場所で後追い自殺が続くのだそうだ。
 

しかし、自殺者が続く原因はこのことのみということではもちろんなく、私が考えてみたいのは、自殺者を多くひきつける建物の意匠や設計、概観、特徴といった建築物が抱える問題なのだ。そういった類いの建築物がなぜ、人に勇気や生きる気力を与えず、逆に暗い想念を人に抱かせるのか。このような建築物のなかでふだん暮らしたり働いたりしている人にどのような影響を及ぼすのか。そういったことが私の考察してみたいと思っている点だ。
 


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2018年7月 1日 (日)

無題

(2013年6月の雑誌への投稿を再録しました)

福島原発で何事も起らなかったかのように、安倍首相が世界に向けて日本の原発を売りまくろうと意気込んでいる。財界トップの方々は、原発が売れればうれしいことだろうが、これで本当に国民の生活が豊かになるとは思われない。指導者の方々がよいと思って進んでいく方向だが、一部の階層の人を除いたら、長い目で見て大多数である国民の幸せを増やすとは思えない。『成長戦略」なるものも、たくさん作って、たくさん輸出して、たくさん使って、たくさん捨てて、それで企業と一部の人が儲かれば、まわりまわって下層に住む者どもも、地方に住む者どもも豊かになれるという旧態依然の発想にすがっているように私の目には映る。そういうところに人間の幸せはないと気付いているこの国の目覚めた人たちは、「成長」「進歩」という言葉に、どこか胡散臭さを感じる。

 

 

経済成長ばかり追求するから、何か大事なことが忘れられ、このままでいいはずがないという漠然とした不安を多くの人が感じる。だから、この国には安心して住める環境がないと人々が本能的に思うから、子供の数も減り、衰退の方へ向かっていく。上の方の方々が、「生めよ、増やせよ」と躍起になっても、搾取の対象である国民の数が減っていくのは、彼らにとって一種の自業自得ではないか。

 

 

さて、そんな中で、夫が原発セールスにいとまがないのをしり目に、昭恵夫人が、「原発の売り込みは心が痛む」と発言した。宮城県の地元紙の河北新報では、すぐに報道していたが、おそらく大手新聞では規制がかかって報道されなかったのでは、ないだろうか?

 

 

さて、そこで思うのだが、原発に反対している人たちの運動というのは、なかなか力が得られない、そして広がりがない。推進派の本気度や執着度、資金力、影響力に比べたら反対派の力は微々たるものだ。だが、あきらめず粘り強く続けていくことがもちろん大事であるのはもちろんなのだが、推進派の身内の人に感謝されるような活動を目指すというのはどうだろうか。東北電力や東京電力の社員の家族の人から、国交省の社宅に住む家族の人たちから、「ずっと、活動を続けてくれてありがとう」と言われるような活動をだ。

 

 

こういう粘り強い活動で、ぼくが本当に感謝している活動は、長野で始まったチェルノブイリの連帯活動だ。チェルノブイリの原発事故の公式被害は60人程度というのが、推進派のIAEAWHOの見解で、それを原発推進の日本政府や学者(ガイア理論提唱者のラブロック氏や日本の推進派学者・医師)も踏襲している。だが、こんな虚偽に対しては、まずは地元の臨床医たちが異議を唱え始めた。地元住民の健康被害が甚大なことになっているというのだ。チェルノブイリの地元から救援の要請を受けて。長野の僧侶が中心となり、医師の鎌田實さんらに声をかけ、チェルノブイリ救援の組織を作り、チェルノブイリ原発事故の被害者支援をしてきた。彼らの活動は当然、救援される側から感謝されるものであったが、彼らの蓄積してきた経験と知見が、今度の福島原発事故のその後の対応にとてもありがたく役に立っているのだ。

 

 

もし彼らの知見と体験がなければ、福島原発事故は全然違った様相になっていたはずだ。誰も爆心地から避難しようとしなかっただろうし、「そのままそこにいて大丈夫」という政府の言を信じた子供たちや住民たちの健康被害の広がりは、現在の比ではなかったであろう。彼らの知見と経験が、曲がりなりにも、政府がやろうとしない事故後の対応や行動、対処の仕方を良い方向にすることに役立ったのだ。そういう意味で、粘り強く続けてきた彼らの行動は感謝されるべきだし、何よりも、推進派であろうと反対派であろうと、その子供や家族を平等に救ったのだ。東北の子供をはじめ原発事故による人々の健康被害は大変不安な状況にあり、この先の予断は断じて許されない。彼らの知見と経験はこれからますます輝きを持って、健康不安に苦しむ人たちに寄り添い役立ってくるにちがいない。だから、きっとこれからどんな場面でかはわからないが、推進派の身内の人からも「ありがとう」と感謝される場面が必ずある。

 

 

そういう意味で、ぼくは推進派の身内に感謝される反対運動と言ったのだ。長野のチェルノブイリ連帯運動の中心が仏教の僧侶だったことから、これからの原発反対運動が広がりを持って受け入れられていくためには、「平等施」「無差別」ということがキーワードになるのではないか。「愛語」で運動を語り、「和顔施」で相手に納得してもらうのだ。

 

 

里山での共生生活の実践を通して、その身近なところからはるか遠い世界の平和を実現していくという、ぼくの試みは、いったん原発事故で中断してしまった。そして、今は、仕事の中に、忙しさの中に逃げている。(考えない方が楽だから)。だが、原発がなくても大丈夫という、生活を示す試みをいつか再開したいと思っている。というか、原発を憎んでいるわけでなく、原発は一種の象徴であって、ああいうシステムがなくても、持っているものが少なくても、収入が減っても、豊かに幸せに暮らせる方法や暮らし方はあるのだということを考え、実践し、仲間にも彼らにも伝える試みはいつかまた再開したいと思っている。


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