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2018年3月30日 (金)

Vist Hakodate

Hakodate is a good place to eat. You can eat great cuisines. Also, you can visit historical places and see beautiful scenery.

eye Place to see: Goryokaku is a famaous castle shaping a star. You can see it from the high tower  built beside the castle. Wandering around the castle is for free. Entering the tower costs 1280 yen per adult.

 
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In the castle, there is a building used for the government. This building was built in a traditional way. If you are interested in architecture, this is worth entering to see.

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If you climb the Mount Hakodate, you can see beautiful night landscape from there. Hakodate has a geographically famous characteristic. An island(Hakodate Mountain) is connected by narrow strip of sand to the main land of Hokkaido. You can see this geographic panorama form the mountain, especially at night.
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2018年3月28日 (水)

Visit Hakodate

Hakodate, located at the southern tip of  penisular in Hokaido, is famosue for its history and sea food.

 

restaurantPlace to eat: In the Hakodate morning market, there are hundreds of sea food reataurant which serve delicious sasimi(raw fish). Hakodate is especially famous for squids.

 

Sasimi Donburi(Donbuir means rice bowl) around 2000 yen
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Living squid sasimi, around 1600 yen

 

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You can eat Japanese sweets. Kikuizumi is a famous tea shop where you can eat very delicious sweets. The  shop's building is very retrospective. It's the worth seeing.
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2018年3月25日 (日)

旅する葦―(第2話)オキナワ,ふたたび

私が居住している仙台からは,那覇までの直行便が毎日一往復飛んでいる。出発の前日は荷造りのため寝るのが遅くなってしまうのと,旅立ちへの興奮で睡眠不足となる。そんな状態で狭い機内に押し込められ3時間も身動きできないでいるのだから,那覇空港に降り立ったときは,ほっとして体が緩んでしまう。緩んでしまうのは,沖縄の気候のせいもあるだろう。3月の東北の空気はまだ澄んで冷たい。そこへいきなり桜も散り終わった沖縄に行くのだから,筋肉が緩んでしまうのも当たり前だ。われわれ北国の人間は南国に過剰なまでの期待を持ち,昼間は半そでのシャツで十分だろうし,ひょっとしたらもう海で泳げるだろうなどと考える。そんな考えで,薄着で出かけた去年の私たちはひどい目にあった。那覇の若者たちは,セーターを着て,マフラーを巻き,毛糸の帽子をかぶっていたのだ。さすがに本土の冬ほど本当は寒くはなかったのだが,沖縄の人たちは逆に北国のものに憧れを持っているらしく,少し肌寒ければ若者たちは憧れのファッションスタイルで身を飾ってみたいのだ。だが,3月の沖縄が天候不順に見舞われやすく,肌寒い日も多いというのは確かだと言うことは身をもって知ったのであった。


 
 那覇で行く宿はユースホテルと決めてある。那覇には,空港近くの大規模なユースホステルと,泊港近くのこぢんまりとしたユースホステルの2つがある。私が好きなのは,近代的な設備の整ったところではなく,宿主とも心触れ合えるような昔ながらのユースホステルだ。だから,空港からバスを乗り継ぎ,那覇の街中を通り過ぎ,閑静な宅地の中にある「春海ユースホステル」へと向かう。

 
 ユースホステルは基本的に男女別の相部屋が原則で,たいてい皆が集まれるサロンのような部屋が1箇所ある。相部屋のベッドが上下左右になった者,サロンに集まって話を交わした者どうしが,また後で振り返ると旅のよい思い出となる。小さな子のいる私たちは,他の宿泊客の迷惑を考えて,多少値のはる家族部屋をあてがってもらうのだが,家族の者だけで部屋に閉じこもっていないで,皆の集まる階下の大部屋に降り,くつろぎながら旅の情報を交換したり,おしゃべりに興じたりするのだ。昨年沖縄を旅したときは,2月の終わりから3月の始めにかけてだった。この時期のせいで,本土から沖縄の学校を受験しに来る学生たちが,旅人たちに混ざって何人かいた。沖縄の芸大を受験するらしい子もいて,サロン風の部屋で,デッサンやスケッチなどをしたりしていた。いろいろな人が出入りしていてとてもにぎやかな印象を受けたのだが,ところが今年は,去年とは時期がずれて3月の終わりに出かけたものだから,宿泊客が少なくひっそりとした感じを受けた。宿主夫婦に1年ぶりに会ったが,二人とも変わらぬ元気そうな印象を受けた。私は,去年この宿に泊まったことを話さなかったし,あちらも特に私たちのことを注意しているようには思えなかった。たぶん年間に延べ何百人という宿泊客が出入りするのであろうから,以前の宿泊客を覚えているのはとても大変なことだろう。ところが何かの表紙に,昨年もここにとまったのだということを告げると,「ああ,覚えてますよ。確か,子供さんがもっと小さかったはず」というような話になり,子連れで旅をしていると,子供を介して親しくなったり話がはずんだり印象に残ったりするのだなと,今までは一人旅が主に旅のスタイルだった私には改めて考えさせられた。


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2018年3月24日 (土)

明治150年

出張の帰り、秋田県大館から岩手県盛岡に抜ける高速バスを利用した。奥羽山脈中の豪雪地帯を抜けるところだ。大雪のせいもあって高速道路が閉鎖。するとたくさんの車、トラックが一般道路に降りてくる。リゾートでも有名な安比高原なので、雪の坂道を登れなくなったトラックが立ち往生して、10キロくらいの渋滞の車の列が微動だにしない。

そのとき、私をはじめバスの乗客はみな一言も発せず黙っている。さすが、粘り強い東北人と自分でも感心する。そのうち、盛岡発の最終新幹線の時間も過ぎてしまい、あきらめの気持ちが胸中を去来する。地方都市から高速バスで主要都市に行く乗客は、私と同じく新幹線に乗る人も多いのだが、誰も「おれは新幹線にのりたいんだ。どうしてくれるんだ」と怒鳴り出す人はいない。雪だとか冬の寒さだとか、こういうものが東北人の精神を作り上げたのは間違いない。そういうものには逆らえないのだ。

 

ようやく、夜の12時近くに盛岡に到着し、幸いにもバス会社の方でホテルを手配してくれ温かく寝ることができた。過疎の路線を維持しているバス会社には、余分な出費もかけてしまい、帰って申し訳ない気持ちだ。

 

さて、そんな東北人気質を考えていた時に、宮城県の河北新報社では「明治150年」を考える特集記事を連載している。これは、安倍首相や政権党が大々的に明治150年を記念して、その偉大さをたたえようとしているからだ。

 

この連載、東北の人以外に目が触れないのがとても残念。明治維新は、テロによるクーデターで、政権を奪い取った薩長政府が歴史を書き換えて、それを正史として信奉するように明治以来ずっと働きかけてきたとしたら、そして、第二次世界大戦後司馬さんと言う人気作家が、偉大な明治をたたえ国民の歴史観を形作ってしまったとしたら、東北人の歴史や正当性はどこに行ってしまうのだろうという問題意識に支えられた連載記事だ。

 

なんと言っても会津藩が賊軍として、薩長政府に報復された戊辰の役を東北の立場から見直さなければならない。話が長くなるので、今日の連載からは、京都守護職となり、薩長の恨みを買った会津藩主松平容保だが、彼を討伐すべきという「討幕の密勅」に、明治天皇の御名御璽がない偽文書から始まったという指摘が面白い。薩長政府は、公文書の書き換えなどお手の物だった。これを今も続く薩長藩閥政府との共通性を指摘する記事を東北以外の人が読めないのはすこぶる残念だ。


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2018年3月20日 (火)

Vist Miyako, in Iwate Prefecture , Prat 2

Vist Miyako, in Iwate Prefecture

Place to Visit : Jodogahma is famous beach, off the coast there are beautiful small islands with pine trees.

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Place to visit : From Miyako,  within 30 minutes of car ride, you can visit a remain of Tsunami, where you can imagine what happened at the destructive earthquake.

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2018年3月19日 (月)

Vist Miyako, in Iwate Prefecture

Miyako is located along the coast of  Pacific Ocean of Honshy island in Japan. It's a clam and beautiful place. It was struck by tsnami 7 years ago, but today it is standing up from the destruction. You can vist beautiful rias coastline. And you can eat very delicious sea food.

 

bullettrain How to get there : You can take Shinkansen from Tokyo or Sendai to Morioka, and then change trains and take Yamada Line. If you are a railway fan, you must take Yamada line. You can see very splendid scenery from the window of  Yamada Line. Yamada Line is a dissel train, which you rarely see in Japan. 
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restaurantPlace to eat: janome sushi, which you can see just from the JR Miyako Station, is famous for local sea food. "Kita Sanriku Gohan" is made from local fish. On sushi rice, sashimi is put incredibly like a huge mountain. Everyboy will be satisfied. 2700 yen.

 

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2018年3月15日 (木)

Visit Osaka - trip tip for Osaka, nanba

Osaka is one of the biggest cities in Japan, and one of the most popular destinations among vistors from abroad. Osaka is especially famous for its tasty local food.

 

Sushi is recommended eating in Osaka. In Osaka, you can eat tasty sushi at very reasonable price, which you can not experience in other cities in Japan.

 

restaurant Palce to eat:  Toki sushi Honten.
very good place to eat delicious sushi. Even if you eat a lot, it will cost you around 3000 yen. Address: Osaka city, chuuou-ku, nannba sennichimae4-21, telephone:06-6632-0366, You can walk 5 minute from Nanba sation of the Nankai Railway.

 

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house Place to stay: Hostel Chillout

It's nice and clean place. You can stay here at reasonable price. Dormitory room for person costs just around 2500 yen.

 

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Domitory room is large and spacious.

 

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2018年3月13日 (火)

Travel tip : Trip to Yamagata

Ymagata is a nice palve to visit. In winter, you can enjoy snow view.

 

Here is some tips and useful information for trip to Ymagata.

 

bullettrain How to get there: From Tokyo, you can take bullet train. Approximally 3hours about 10,000 yen ~12,000 yen / From Sendai, you can take JR train (one and a half hour, 1140 yen, buses are more convenient amd cheaper)

 

building Place to saty: Richmond Hotel is very convenient (within five minutes' walk of JR Yamagata station) and comfortable. 7000 yen for single room and breakfast

 

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Bathroom is very clean
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Breakfast is buffet style. You can eat famous local food, such as  "Imoni" !Nattou Jiru". Try them!
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restaurant Place to eat : At Yamagata Staion. There is a famous reataurant named "Hirata Bokujou" This restaurant is run by a pork farm. "Tonkatu" , which means fried pork, is very tasty. You can eat a la carte for about 1500 yen
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2018年3月11日 (日)

(第1話)オキナワ,ふたたび

(過去の記事の再録です)

今の仕事では3月がひまになり,まとまった時間が取れる。そこで私は家族を連れて2年続けて3月に沖縄を訪れた。当初,沖縄に対しては,暖かい南の島,透明なサンゴの海というようなことについての漠然とした憧れがあり,しかし,それは,私が南の島々に抱く憧れ一般と大差はなかった。沖縄にいくことを話した友人が事前に読むといいといって貸してくれた沖縄文化に関する本が,徐々にヤマトとは異なる民族,言語,文化,歴史を持つオキナワについて,私の目を開かせてくれた。


今,本土では,沖縄に関心を持ち注目している人が,かなりの数になるのではないだろうか。サミットが開催され,米軍基地問題がしばしば報道される政治的側面からも,また,若い人たちに大変影響力を持つ大衆芸能歌手が沖縄から続々と輩出してきているという側面からも,あらゆるところで本土の人たちに沖縄を意識させ,考えさせ,思わせる機会が圧倒的に増えたのではないだろうか。

この一種の沖縄に対する熱狂・礼賛の裏側には,日本社会の変質が―かすかではあるが確実に存在し始めた,がんじがらめの日本社会の破綻が映されているのではないだろうか。自己は,己れ一人のみでは本当の意味で自己を認識できず,他者を待ってはじめて自己の全き認識に到達する。ヤマトとオキナワという他者がお互いを映し出す鏡となり,自己をより深めていければ,お互いに幸せな隣人どうしになれると私には思われるのだが。


私の足で稼いだ小さな旅の記録が,今現在の日本と沖縄を写した―そして時が移れば決して同一の状況が存在しなくなる今この瞬間を写し取った同時代の報告書となることを願う。


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2018年3月 9日 (金)

映画「花咲くころ」

映画「花咲くころ」を杜の都街なか映画館で見る。なぜこの映画に興味を持ったかというと、1つにはこれは「ジョージア」が舞台のジョージアの映画監督が作った映画だからだ。ジョージアは、昔「グルジア」と呼んでいた。それがいつの間にか「ジョージア」という呼ばれ方をするようになった。ソビエト連邦の解体と関係があるらしい。なぜ、ぼくがジョージアを知るようになったかというと、それはビートルズの歌詞からだ。

 

中学生だった昔のぼくは、英語を習いたてということもあって、ビートルズのレコードを聴いて歌詞カードなんかも読んでいた。(湯川れいこさんなんかは、そういう歌詞カードの解説や訳詞をやっている当時の憧れのお姉さんだった)Back in the USSRという歌に、「モスクワの女のはいかしていて、ウクライナの女の子は西側顔負けで、そしてグルジアの女の子は忘れられない」なんてあったので、グルジアというのは美女が多い国なんだろうなと漠然と思っていたが、今思えばGeorgia on my mindの駄洒落だったのだ。

 

さて、映画は、岩波ホール50周年記念作品ということで芸術的格調が高いのだ。そして、こういう記念作品ということだし、岩波ということなので、めったに見ることができない国の映画で女性監督の作品ということなのだ。芸術性は高く、いろいろな暗喩がちりばめられているのだと思う。たとえば、「暴力」とか「父親の不在」とか、そしてそれが少女の心に与える影響とか。監督の体験も含まれているのだろうし。

 

そして思ったのは、映画っていうのは難しいと。映画は、基本的に娯楽だ。見て楽しくなくてはいけないし、たくさんの人に見てもらわなければいけない。娯楽で見て楽しくて、でもよくできていて、芸術作品として深みがあって時代を超えても見ることができるものを作るというのは、とても難しいと思ったのだ。それができたのは、例えば黒澤明氏の映画とかなのかなと思う。「七人の侍」なんかは基本的に娯楽大作だ。でも、深いテーマがあって、今見ても色あせない。どうしてあんな映画が取れたのだろうか。1つには、黒沢さんたち文学を深く理解していたし文学をふまえて映画を作ることが多かったからかなと思う。文学は深く人生を追求していくわけだからだ。


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2018年3月 8日 (木)

メトロポリタン歌劇場・ライブヴューイング・ドニゼッティ『愛の妙薬』

「愛の妙薬」は喜劇。歌もお芝居も音楽も演出も楽しんで見れた。お嬢様アディーナの役に、南アフリカ出身のプレティ・イエンティ。この人の愛くるしい表情に魅了される。これからスターへの道を駆けあがっていく人だということが良くわかる。毎回感心するが、特に今回は、ニューヨークが人種の多様性を反映しているように、メトロポリタン歌劇場のキャストも多様性を反映している。舞台は、昔の田舎のイタリアだが、でも、そこに南アフリカ出身の歌姫が歌っていても全然違和感がない。こういう多様性を反映した演劇を見ることができる、現代の観客は幸せ。今後も、どんな舞台が生まれるのだろうと楽しみ。

 

筋書きは、ドタバタものの喜劇だが、詐欺師の薬売り、どこか憎めない。結局このペテン師のおかげで全部うまくいってしまって大団円なのだから。現実世界では、政治家や官僚も後押ししている「ジャパンライフ」という磁器装置まがい物商法でお年寄りが一人何千万円から何億円とだまし取られているのに、それを野放しにしている。これはとても「喜劇」にならない。だから「愛の妙薬」のような馬鹿らしいお話でも、笑っていられる方が幸せ。最後は観客全員総立ちの拍手で、本当に良い公演だった。


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2018年3月 7日 (水)

最低所得保障制度

さて、前回から引き続き考えを進めていこう。たとえば、なぜ「過労死で死ぬまで働かせられるのに、そういう法制度を、都合のいいようにデータを改ざんしてでも推進するような、政権や首相が人気があるのか」ということを考えていた。よく言われるように、国民は忘れやすい、一時騒いでもすぐ忘れるから大丈夫という読みが、政権党や首相にあるのだろうが、それも一理ある。というのも、前回紹介した研究によれば、人な貧困状態になればIQが下がるからだ。つまり馬鹿になり判断力が鈍るというのは本当のことらしいからだ。国民が窮乏するような政策をして、国民から支持率を高める、これは、韓国、朝鮮、中国への憎悪や恐怖を掻き立て、高い支持を得る政策と並んで、たいへん賢い政策である。しかし、政府や安倍首相ばかり賢くなり、2度目の核発電所事故をはじめ、現政権が推進する政策によって国民が死に絶えては困るので、国民が賢くなり、現政権を支持せず、新しい選択と行動ができるために必要なことは何かを考えているときに、「最低所得保障制度」の話を聞く機会があったのだ。

 

私たちのように力の弱いものが、自民党や公明党のような盤石の巨大勢力に対抗できるのだろうか。1つには、弱い者同士の連帯や国家という枠組みを超えての国際的な連帯に力を借りるということだ。聞くに値するよい考えならどんどん広めていこうという主旨の外国の団体が、著名人や活動家、研究者にスピーチをしてもらい、そのスピーチは誰でも聞くことができるように公開されている。TEDと略称される、その2017の会議でベスト10にも入ったスピーチをしたのはRutger Bregmanさんという若い歴史家、ジャーナリストだ。貧困の研究をしていて、貧困を撲滅するための彼の結論は「最低所得保障制度」だ。広めるに値する考えだと思うし、日本国民がだめにされないためにも、最低所得保障制度は導入に値すると思うので、私も、彼の考えの概略を紹介したい。

 

まずは貧困に対する考え方を、われわれは変える必要がある。Bregman氏は「貧困とは人格の問題ではなく、現金の不足なのだ」という。どういうことかというと、実際に貧困状態に陥っている人は、偏った栄養のものを食べているので肥満になったり健康状態が悪かったりする。私たちは、それをそんな健康に悪いものを食べたりしたりしないで、きちんとした生活を送ればよい、つまり、本人がだらしがないからだとレッテルを貼る。つまり貧困は、その個人が悪いのだと決めつける。これは、日本でもおなじみの光景だ。日本維新の会の橋下さんという政治家が伸びてきたのも、この風潮と軌を一にする。生活保護をたたくことにより、人気を博し、これは自民党政権の人気にもつながってくる。しかし、貧困は個人が悪いのではなく、貧困だから、判断力が鈍り適切な判断ができなくなるのだ。だから貧困ラインよりすべての人が上に行けるように足りない現金を補う、つまり「最低所得保障制度」が必要だというのだ。

 

「最低所得保障制度」はうまくいくのか。実施してみてうまくいった例がある。カナダのDauphinというところで5年間実施してみた。その結果を専門家が分析してみると、人々は「より豊かに」「より賢く」「より健康」になった。子どもの学業成績は大いに上がり、家庭内暴力や精神疾患の訴えも減り、入院も減った。結局、「最低所得保障制度」は、社会の犯罪率が減るなどの恩恵も金持ちも受けるので、すべての人が満足できる制度、つまりwin=winの関係の制度だという。この世の中はゼロサムゲームの仕組みが多い、つまり「私が勝てば、あなたは損する」「あなたが勝てば、私は損する」の関係が多く、自民党や安倍政権が大きな支持を受けているのも、こういう対立をあおることによってなので、社会全体が幸せになれる制度である「最低所得保障制度」は一考に値する。

 

「最低所得保障制度」を実施するだけの予算がありっこないという批判もあるだろう。Bregman氏は、研究者の試算を引用する。たとえば、アメリカですべての人を貧困ライン以下から引き上げるには、軍事費の4分の1、GDPの1パーセントあればよいという。こうなれば、選択の問題だ。民主主義国家であれば、国家予算を何に使うかというのは、私たちの選択の問題である。Bregman氏は、貧困にかかわる巨額の損失を考えてほしいという。貧困による学校の中退率、高い犯罪率やそれに対する対策費などを考えれば、そして何より貧困が「人的資源の無駄遣い」と考えれば、「最低所得保障制度」は安いものだといえる。

 

根強い反対は、お金をあげたら人は働かなくなり、堕落するというものだろう。この考えも日本人は、自らをしばる考えとして好む考えかたであり、自民党に高い支持が集まる原因でもある。先ほどのDauphinで実施した例では、最低所得保障制度の下でも、人は働いたという。労働時間がわずかに下がったのは、赤ん坊を生んだ女性と、学生だけ。学生は修学年限が増えたからだ。そしてBregman氏はこんなことも言っている。今、調査をしてみると自分の仕事が好きだと答える人はわずか。つまり、いやいや長、生活費を稼ぐために働いていて、仕事に意義が見いだせずにいる人が多いということ。そこで、最低所得が保障されたら、どうだろう。本当にやりたいことがやれるのではないか。それこそ「人的資源の解放」ということになるのではないだろうか。


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2018年3月 6日 (火)

雑感―幸福の絶対量

(過去の記事の再録です)

好きなときにいつでもどこでもいけるというささいな利便を多くの人が求めた結果,世の中にはこんなにも車が増えてしまった。個々人の欲求や欲望が満たされれば,世の中全体の幸せの量は,個々人の幸せの量と人間の総数をかけあわせたものであるはずなので,世の中全体の幸福の絶対量は増えるはずだ。ところが,車があるからこそ引き起こされる交通事故死などの不幸せの量も,車の台数が増えるに比例して増えているはずなので,世の中全体で見れば幸せの量は少しも増大していなかったり,もしくは減っているということもありうるわけだ。


 
 車の例に限らず,技術的には可能であるが,相対的に見て人々の幸せを増進することにならないことは,私たちの判断で中止すべきだということが,今後多くなってくるはずだ。私たちの行動の指針のなかに,世の中全体の公益になれば行い,公益にならなければ行わないという,倫理的な判断基準を組み込ませることを考え始めてもよいのではないか。かつて東洋の賢者たちが呼びかけたように精神的に満ち足りた生活を求めることが必要ではないのか。
 


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2018年3月 5日 (月)

私たちの中に生活をとりもどす―借り物人生のすすめ

(過去の記事の再録です)

 

所有することは何も必要なことではない。これからは必要なときに必要なぶんだけを借りてきて,所有を享受するのでなく,効用を享受する時代がやってくる。人は果たして所有していなければそのものを本当に大切に扱わないのだろうか。確かに,人が己の所有するものに対しては細かな心遣いで,その物を大切にすることは真実であるが,人は全世界の物を所有しつくすことができないので,己の所有物以外のものはおろそかに取り扱う。一方,何も所有していない人は,全世界を所有しているという逆説が成り立つので,何も所有せず,そのものの効用だけを楽しむ人は,世界中すべてのものを大切に取り扱う。このようにして,すべての人が所有せず,必要なものを借りて,必要がなくなれば,また次の人が使えるように返却するという仕組みを作れば,地球上の自然環境は保たれ,人の生活に必要な物資が浪費されることなくこの世の中を循環していく。
 


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2018年3月 3日 (土)

最低所得保障制度

なぜ、安倍政権や自民党・公明党がこんなにも国民の支持を強く受け続けているのだろうか。安倍首相が大変優れた政治家で、自民党や公明党が政党としてしっかりしていて、優れた人材が多いということもあるだろう。しかし、私が不思議なのは、国民が(言葉は悪いが)死に絶えるような政策をしているにもかかわらず、なぜ国民がそのような政策を支持しているかということだ。

 

たとえば、今話題の「働かせ方改革」。あらかじめ決まった結論を言い募るために、統計数字を都合のいいように操っているわけだが、これは社会科学を冒とくしている。しかし、この法律が通れば、ごくごく普通の年収のサラーリーマンも上限なしで働かせられることになり、国民の健康は損なわれ過労死が増える。ますます労働者が結婚して子供を持つということもできなくなるだろうから、少子化問題の解決は遠のくが、企業が一時的にもうかればよいという極めて短期的な目標のみを見据えた政策。

 

なぜ、日本人はおとなしくて安倍さんたちを支持しているのかと考えてみた。日本人は江戸時代をくぐり抜けて生きてきた子孫だから、抑圧や圧政が好きで体質に合う、絞れば絞るほど頑張れる性質なのかとも思ったが、世界を見るとこんな面白い研究が行われていたのを知った。

 

ハーバード大学の経済学者であるSendhil Mullainathan氏らが行った研究。インドのサトウキビ農家は、年1回の収穫でその収穫を売って年収の大部分を得る。当然、収穫前が一番家計が苦しく、収穫後それを売った時がいちばん潤っている。そこで収穫前後で、農家のIQ=知能指数を測ってみると、収穫前は収穫後よりも落ちていることがわかった。ここから示唆される結論は、「貧困は知性や判断力を妨げる」ということだ。

 

 

なるほど、安倍さんの有名な経済政策「アベノミックス」では、庶民の収入は伸びず、そして不安定雇用にさらされている。福祉や生活保護など暮らしの安全網もどんどん切り詰められ、格差は広がっている。しかし、この政策のおかげで安倍さんは高い支持を国民から受け、現政権党も盤石の支持が広がっているのだ。これで、矛盾が解けた気がする。歴史を振り返れば、ファシストが台頭したのも、第一次大戦後の困難な時代からだった。安倍さんの政策は、よって全く正しいということだ。国民を困難に陥れれば入れるほど、自分への支持が高まる。希代まれな優れた政治家と言わざるを得ない。

 

さて、そこでこういう日本が行こうとしている方法を変える可能性がある政策は、国民を貧困状態から脱却させ、心に余裕ができ、きちんと物事を判断できる知性を回復させることだ。その一つが、すべての国民に所得を保障する「ベーシックインカム」政策だ。もちろん、自民党や公明党は大反対だろうけど、やはり世界では「ベーシックインカム」の実践や研究も進んでいて、参考にできることは多い。そんな研究や提言を、紹介してみたいと思う。


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2018年3月 2日 (金)

私たちの中に生活をとりもどす―購買投票権という考え方

(過去の記事の再録です)
現在,経済という面でも民主化ということが進展した。以前は,財の絶対的な生産能力が低く,財が全人口に占める割合や,もしくは,人間の全欲望に占める割合は非常に小さかった。そこで,財は手に入りにくく,広く人々の間にいきわたらず,相対的に価格が高くなった。つまり,財はごく少数の人々によって享受され,大多数の人々は物資がないというのが常態であり,それに甘んじていなければならなかった。このような時は当然に,少数者からの需要が財の供給に反映し,供給される財は,少数者の好みや必要に応じたものになった。やがて,生産力が増大し,今日では,(地球上の限られた地域の国々の中だけではあるが)商品があまねく供給されるようになり,全人口に財が広くいきわたり,多数者の必要や欲望を満たしてあまりあるほどになった。週数のものの思惑だけが,供給側に影響を与える時代が終わり,生産力が増強されればされるほど,あり余る財を売り捌くためにも,大多数である大衆の必要や嗜好に迎合せざるを得なくなった。もはや少数のものが,財の生産から分配までの決定権を握っているのではなく,民衆に広く薄く,その決定権が付与されたのである。あたかも政治の面で,普通選挙法が実施され1人1票の選挙権が実現したのと歩みを同じくするが如くである。普通選挙権を適正に行使すれば民衆の意思を政治に反映させられるはずであるのと同じように,経済の面で財に対する投票権をひとりひとりが適正に行使すれば,すなわち,どの財を購買しどの財を購買しないかの決定を的確に行うのであれば,経済は民衆の意志した方向へと進んでゆくであろう。しかし,選挙権と同じく,財に対する購買決定件を,言われなく棄権するものもいれば,誤って誘導させられてしまうものもいて,さらに,普通選挙権と大きく異なるところであるのは,財に対する投票権は,ひとり1票の付与ではなく,経済の原則に従い,財に対する支配力・購買力に比例して投票権の数が付与される仕組みとなっていて,購買投票権による経済の民主的支配は,完全には機能していないのが原則である。だが,経済の民主的統制や方向付けとしては,歴史的経緯により自然に出現した民衆の購買投票権行使の方法以外に,具体的で実効性のある方法はないように思われる。選挙権の行使はせいぜい数年に1回の事であろうが,購買投票権の行使は,日々刻々に行使されるわれわれの生活の営為そのものである。われわれは,この権利を正しく行使することで,例えば,中国自身の自然を破壊し国土を荒廃させ,ひいては長い目で見て,日本の自然環境に多大な悪影響をもたらす,中国の農産物を買わないといったことで,地球規模で均衡の取れた経済活動を促進させることができるのである。
 


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