UA-92533382-1 雑感―中国の話し: よつば農場便り

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2017年10月23日 (月)

雑感―中国の話し

(過去の記事の再録です)

かれこれ十数年も前に中国の奥地を一人で旅行したときのことです。

中国の人々とともに,長距離バスにゆられています。外国人はたったひとりわたしだけ。広大な中国ではすぐに目的地になどつきませんから,一日中走り続けたバスは,夕方に砂漠の中にポツンと建つ旅宿にとまり,乗客たちはそこで一夜を明かし,翌朝,再びバスに乗り込み旅路を続けるのです。

外国人などはほとんど利用しないバス路線で,宿もまるで穴蔵の中にもぐりこんでわらのベットに寝るようなかんじの粗末なものでした。そんな体験が当時のわたしにはものめずらしくて,好奇心をいっぱいにして,翌朝も起きだしてきて,回りの中国人の様子を見ておりました。

となりの部屋の中国人はもう起きだして朝の支度をしておりました。私が感心して見ていたのは,この旅慣れた中国人は洗面器を持ち物の1つとして持参しておりましたが,この洗面器に宿の人から水をもらいうけ,そのたった洗面器1杯の水で,朝の用事,すなわち顔を洗い,口をすすぎ,ひげをそりといったことを済ませ,おまけに頭まで洗ってしまったのです。その器用な手つきにも感心したものですが,1杯の水をこれほど大切にいつくしむ態度にはとても考えさせられるところがありました。おそらくこの物慣れた手つきからするに,この人は常日ごろから水をこのように扱って生活をしている,たぶん自然環境の苛酷さから,そうやって暮らさざるをえない人だと察せられました。

よく見ると回りの中国人はたいていそんなふうに1杯の水を用足しに使ったり,飲むために使ったりと,皆,水を貴重なものとして扱っています。わたしたち日本人の生活を振り返ってみると,わたしたちは水を「湯水のごとく」使います。あまりにもふんだんに身の回りにあるため,水の貴重さに思い至らないのです。

ところが中国だって,大昔からずっとこんなふうに自然環境が苛酷で,人が住みにくい場所ではなかったはずです。現在,黄河の中流から上流地帯にかけては,自然がまことに痛々しく荒廃しています。私の目には,自然が完全に失われてしまっているように見えました。しかし,この黄河中流域こそが中原と呼ばれ,あの偉大な黄河文明が発祥し,発展した場所であるのです。

当時,山々は木々におおわれ,緑なす平原が続いていたと思うのですが,人間の文明が進歩するにつれ,自然はすべて丸裸にされてしまったのでしょう。

いわゆる四大文明の発祥地は現在すべて荒涼とした土地になっていて,貧困レベルの生活を人々は強いられているそうです。だとすると,私たちが,歴史の教科書で誇らしげに習う,文明とか進歩といったものは何なのでしょう。文明の進歩とは,すなわち大量の自然破壊ということであり,文明が進歩すればするほど,人々の生活は困窮をきわめていくことになります。

湯水のように水を使う日本人,文明の進歩に酔いしれる日本人に対する,警鐘のように思えました。


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