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2017年9月22日 (金)

テストとは測りたい力、伸ばしたい力を計測する道具

(高校の先生の研修会で講演をする仕事も増えてきました。今後の講演のネタに使おうと思っていることをメモしておきます。教育に関心のある一般の人が読んでも面白いと思っていただければ幸いです。教育と無縁であった人はいないでしょうから、一般の人にとっても面白いネタとなるよう努力いたします。ネタがたまれば、将来出版したいと考えていますので、その際はどうか、応援よろしくお願いいたします。)

 

さて、以下は大学入試英語の問題。見ていただいて、問題を解くのではなく、問題や設問を評価していただきたいのだ。いちばん簡単な「評価」は良いとか悪いとかの簡単なコメントで結構だし、もっと詳しく見る余裕があれば、どういう意図からこの設問を作ったのかというところまで、考えていただきたい。

 

In many ways, space travel closely resembles prior phases of human exploration. For example, five centuries ago, government-funded ships from Spain traveled across the Atlantic to the American continent. Later, ordinary citizens began to make (あ)the same trip, and the trans-Atlantic voyage would become a rather routine task. As a result of such developments, powerful new nations were born. Also, in 1803, two American pioneers named Lewis and Clark, who were working for the U.S. government, began a scientific and cultural exploration of western North America. Their effort opened the West to millions of settlers. Now, government space exploration has been a reality for more than 50 years, and it may inevitable that ( A ) will follow.

 

 

下線(あ)と同じ意味・内容のものは?

 

1. the trip to space 

2. the trip across the Atlantic

3. the trip for a scientific exploration 

4. the trip to Europe supported by the government

 

 

空所(A)に入るものは?

 

1. scientific exploration 

2. powerful nations 

3. routine tasks 

4. the general public

 

そして、ちなみに(あ)と(A)の設問では、どちらが正答率が低いだろうか。つまり、どちらが生徒にとって難しく感じる問題だろうか。

 

実際に生徒に与えて取り組んでもらっている、私の経験から言えば、生徒にとって難しく感じるのは、つまり正答率が低いのは(A)の設問である。それは、なぜかと推察するに、その原因は、設問が設定された意図ともかかわってくる。

 

(あ)は、いわゆる指示語が指しているものを当てる問題だ。この英文案外複雑であるけれど、指示語は常識的に直前のものを指しているので、文をさかのぼってthe trip across the Atlanticを指していることがわかればよい。

 

(A)を解くには、文中に実は3つの例が出てきていたが、その3つの例に共通することは何かを考える必要がある。「大西洋横断」「アメリカの西部開拓」「宇宙探査」の3つに共通していることは、専門家(または先駆者)のあとに一般大衆が続く、という点だ。

 

さて、こういう問題を見て、まるでパズルのようだ、そんなことが解けたところで何になる、受験というのは子供たちを苦しめているだけだ、という声が出てくる。そして、英語教育の場合は、特に、日本人がこんなにも英語を勉強しているのにちっともしゃべることができないという理由から、日本の英語教育は間違っている、特に受験英語が中心となっている日本の英語教育は弊害だらけだ、という声が出てくるのは、まあ、わかる気がする。

 

さて、設問の意図を考えていただきたい。(あ)の指示語が指しているものを当てる問題は、読解において基本的ではあるが、とても大事な力を問うている。それは、文章を前から読んできて、(それは人の話を前から聞いてきて、というのと同じだ)、前の部分の内容を短期記憶にとどめておき、それを眼前の文章と(人の話であれば、今ちょうど発話された内容と)素早く照らし合わせて、理解するという技能や能力を問われているのだ。もし、人間にそういう能力がないとすれば、読んでも聞いても、すべては文字や音の反乱・洪水がただ眼前や脳裏を流れ去っていくだけで「理解」は生じない。私たちは、日本語の文章をいとも簡単に読み慣れているので、人間が「読解」の中でいかに複雑で繁多な作業をしているのかに気付かない。

 

さて(A)の方の設問の意図はわかりやすい。異なったものの中に共通点を見つける「抽象能力」だ。これは、子供の成長を見ていてもわかるが、「抽象能力」というのは、年齢とともに力がついていくものであるし、(A)が正答率が低く差がつきやすい問題になったのも、抽象能力と関係があるのだ。

 

そこで、日本の英語教育や受験英語はこんな事ばかりやっていて、ちっとも英語をしゃべることは出来ないかもしれないが、もし、英語教育の一つの目標が、読解力や抽象能力という「汎用的」な能力を付けさせるということであれば、どうだろうか。そして、もし(A)の問題を解けたグループの方が、そうでないグループと比べて、統計的に有意に「創造的で斬新なコンピュータープログラミングを作り、世の中に革新を起こす確率が高い」という結果が出たらどうだろうか。

 

その点を、私もまだ、研究できていないので、研究していきたいのだが、もしそのような汎用的な能力が、まったく世の中の進歩や次世代の革新に役立たないことが証明できれば、そのときは日本の英語教育は失敗で弊害だらけで、もっと実用的に「英語が喋れる」ようになったり、「プログラミングが組める」ようになったり、もしくは「日本家屋が建てられる」「野菜の栽培ができる」とか、もっと実用的なことに切り替えていけばよいと思う。

 

 

 


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コメント

「抽象能力」は、偏差値の高い大学での教育を受ける上で、重要なものだと思います。原田さんは、一橋大学出身だから、こんなことは、私に言われるまでもなく、よくご存知でしょう。

ちょうど今、仕事の面からも、「教育」について改めて考えてみたいと思っていたところで、こんな論考を書きつけてみたわけですが、確かに「抽象能力」というのが、ある大学の入学試験で求められる、ということはその大学ではそういう能力を持った学生を集めたいという傾向はあると思います。問題は、そういう能力が、では社会や所職業上でどのように有用であるかということだと思うのですが、一方で、教育に役立つことばかりを求めてもいけないとも、思ったりもします。しばらくは「教育」というテーマについて考えてみたいと思っていて、またメモを投稿しようと考えています。

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