« 美しい日本の言葉たち―ゆかし | トップページ | 敗戦の日に、インパール作戦の特集番組を見る »

2017年8月12日 (土)

良いスポーツ選手の条件「書き換えられる記憶」

良いスポーツ選手の条件とは何だろうか。それを知ることは、よい指導者となるために必要な知識だ。元陸上選手の為末大氏が、スポーツ選手と記憶について書いている。記事を要約してみる。(参考:『河北新報』2017.8.7)

・記憶についての一般的な考え…人間は自分自身に起きた出来事をテレビカメラで録画したように記憶をしている。もし、記憶を問われて「わからない」というのは、うそをついているか、思い出せないだけだろうと、普通の人なら考える。

・社会で流布する一般的な記憶観への疑問…記憶自体がテレビカメラでなく、そのときの印象を記した日記のようなものであればどうだろうか?さらには、その日記自体が変わるものであればどうだろうか?

・為末氏の経験談…世界陸上大会の決勝直前に豪雨に襲われ、通路の中でウォーミングアップをしていた。たくさん人がいて、場所が地下で入口が遠く、携帯の電波が入りにくく、中止や延期の情報が錯綜し、そのたびに、若手がウォーミングアップを開始し体力の無駄遣いをしていた。その中で、20代後半になり経験を積んでいた為末氏は体力を無駄遣いしなかったおかげでメダルが取れた。しかし、そのときから時がたち、再度その場を訪れてみると、通路が拍子抜けするほど小さく、記憶の中では数百人がひしめいていたものが、現実には数十人が入ればいっぱいになるくらいの大きさだった。

・科学的な実験の紹介…アスリートに、試合前「あなたは試合に勝てると思っていますか」と質問する。さらに試合後「あなたは試合前に勝てると思っていましたか」と質問する。その結果は、試合前「シアに勝てる」と答えた人も、実際の試合に負けたのちでは「試合前には勝てると思っていなかった」と、本人も自覚しないままに記憶を書き換える傾向があった。

・以上より為末氏の考察…認知心理学の世界では人間の記憶はあいまいで、無意識に再編集されるということが知られている。トップアスリートほど過去を書き換える傾向が強いのでは?その理由は→実際、競技人生ではいいことばかり起こらない。失敗もたくさんあるが、あれがプラスになったとか、あれが今につながっているという前向きな話しか出てこない。意図的に前向きに捉えようとしているのでなく、本当にいい出来事しか覚えていない。無意識に出来事を前向きに捉えている。

・結論…トップアスリートとは「未来に希望を持てるように、過去を再編集する癖がついている人々」。よく過去は変えられないというが、正確に言えば過去に起きた出来事は変えられないが、意味は変えられる。人生で起きた最悪の出来事も、その後の生き方によって、自分の人生の転機になったと捉えなおすことができる。

・私の感想…それぞれの経験が点だとすれば、その経験を結ぶのが線。どの点を選ぶのか、どういう結び方をするのか、成功する運動選手の分かれ目はそこにあるのかもしれない。


にほんブログ村

« 美しい日本の言葉たち―ゆかし | トップページ | 敗戦の日に、インパール作戦の特集番組を見る »

コメント

SNSの普及により、母校の映像が、自宅にいながらも見ることが出来るようになりました。
先日、前高の正面玄関 (生徒は出入りしない) の写真をSNSにアップした人がいたのですが、私たちの頃とは違った、ちょっと豪華なものでした。ところが、私の元同級生が、毎日この綺麗な玄関をくぐって校舎に出入りしたとか言い出したのです。(当時の正面玄関は、いたってシンプルで、しかも生徒の出入りは反対側だったはず!) すぐに、その間違えを指摘するコメントが殺到して、当の本人は、「そうだっけ?」と言っていました。
ところで、私も、ピッチャーだった川端さんが、青学に進学したとかいうデマ情報を、高高がこの前甲子園に行くまで信じていました。
もっとひどいデマ情報は、前工の渡辺久信が、下宿に共愛や前市女等のヤリマンビッチを連れ込んでいたという女子高校生情報で、渡辺久信にやられた女は、あまりの凄さに失神してしまうのだとか。(前女の生徒複数から聞きました。) 渡辺久信は、練習で疲れて、いつも遅刻ギリギリで登校してそうだから、こんなことやっている場合ではなかったはずです。

渡辺久信氏の話は、興味深いですね。彼は、プロに行き、そのプロで活躍した、ぼくから見れば雲の上の人ですが、まあ、ぼくが高3の時彼は高1だったわけで、噂通りだとしたら許せない気がしますが、まあ、デマでしょうね。

渡辺久信は、通学中に時々見ました。
あんなに背が高いのに、なぜか車輪の小さい自転車 (折り畳み自転車?) に乗っていました。
彼を見たら、学校に大幅に遅刻しました。 (前工付近で、前工の登校時間ギリギリに見るのですから、前高には間に合いません。)
少しでも早く学校に行こうとして、私も、渡辺久信も、必死になって自転車をこいでいましたが、ある時、渡辺久信の左膝が私の左足に激突しました。正直言って怖かったですが、渡辺久信は「ごめんね。」と一言言って行ってしまいました。

今となっては、楽しい思い出です。

ミーハーな私としては、渡辺君と激突したとなれば、きっと一生自慢したことでしょう。しかし、若い人は渡辺久信氏が、どれくらいすごいピッチャーだったか知ってるかな?ぼくは自分が野球をやっていたので、プロに行く人がどれくらい限られたエリートかということや、その中でプロで活躍する人がまた本当に少数の選ばれしものであることが分かるので、余計彼はすごいと思っていましたし、今も思っています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/197245/71400529

この記事へのトラックバック一覧です: 良いスポーツ選手の条件「書き換えられる記憶」:

« 美しい日本の言葉たち―ゆかし | トップページ | 敗戦の日に、インパール作戦の特集番組を見る »