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2017年8月21日 (月)

美しい日本の言葉たち―言霊考

(過去の記事の再録です)

やりたいことを口に出す。実現したいと思っていることを実際に書き出してみる。そうすることで潜在意識に働きかけ自分の行動を目的実現のため統御していく。また、潜在意識から顕在意識へと願望の形がより明瞭にされ、言動がより明確になり、現実に対しより有効な働きかけができるようになる。これが自分の願望を実現させるプロセスと言葉の持つ力。言葉を使い、話すこと、書くこと、人はその能力を鍛錬すべきである。


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2017年8月19日 (土)

美しい日本の言葉たち―私の言語体験

(過去の記事の再録です)

私の言語体験で特筆すべき時期といえるのは岩手で農民の間で過ごした3年間だ。なぜ岩手で私は農業をしていたのか。それはもちろん宮沢賢治という人と作品に魅せられていたからに他ならない。賢治の童話を初めて手に取ったのは私が小学生の頃だ。東京に生まれ一度も東北地方に旅したことのない私の中にも、「ドドウ、ドドウ」と風がうなり、かりんやくるみを吹き飛ばす、賢治が感じた心象風景を岩手生まれのこの詩人の言葉は、まざまざと呼び覚ますことができたのである。


さて、経緯は省くが、私は二十代の後半、岩手の山村の農民たちの間にいた。初めは発音やらアクセントやらの関係で彼らのしゃべっていることを全部聞き取ることは出来なかったりした。しかし、聞き取れるようになると、そこには都会生活者とは全く違う彼らの言語生活があった。農民の生活に即したごつごつとしたそして生き生きとした言語生活があった。


それはまるで畑からの掘りたてのジャガイモのように即物的で、的確で、痛いほどの存在感で私にぶつかってきた。なぜ彼らにはあのような言語があやつれるのか。賢治の童話の中にあるように、オノマトペなども非常に豊富で、やせて枯れた標準語の比ではなかった。


私が思ったことは、言語とは対象を丸ごと切り出してくることだ。だから直接、対象と関わり日々格闘している人の言葉は生きている、ということだ。私には言語生成の秘密がその時少しかいまみえたのだ。


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2017年8月17日 (木)

東洋思想―祈りについて

(過去の記事の再録です)

祈りは決して無力なものではない。願い事を現実化するための理想的な手段といえる。例えば、昔から人々は、神仏に祈ることで人生に様々な加護を受けてきた。

いったいなぜ、祈ることによって願い事が成就され、人生に平安が得られるのだろうか。また、祈らない人には人生の幸福が訪れないものなのだろうか。

もちろんこれほどに科学思想が発達した現在、人々は自分の目標を達成するための合理的な手段を各自が知っている。合理的な因果関係を無視して、祈りによって一足飛びに自分の欲する結果を手に入れようと願う人々はまれであろう。

しかし、幸福や人生の平穏といった目に見えない成果を手に入れようというようなことについては祈るという行為は有効で、祈らない人々との結果を比べてみれば、そこには必ず有意の差があるはずである。

祈ることの有効性のひとつは、祈りという精神集中の行為によって、人の潜在能力が呼び覚まされるということから来ている。呼び覚まされた潜在能力のおかげで、人生の危難の際に、落ち着いて対処できるようになるということもあるであろう。

また、祈りによってふだんから内面重視の生活を送っていれば、慎重な性格が養われ、無謀なことはしなくなり、結果的に人生の平安を手に入れるということは大いにありうることである。

このように非常に身近なところで祈ることの有効性を私たちは確認でき、祈りは決して無力ではない、強く念ずればそれが実現するということを体感できる。


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2017年8月16日 (水)

たわいのない夢想

少し前だが、読売新聞と早稲田大学が共通で世論調査をした。その結果が読売新聞に載っていた。それによると50歳を境に政治に対する見方が全く違うのだそうだ。

 

50歳以上の世代の人に、保守から革新まで、つまり右から左へと政党を並べてもらうと、およそ自民党→民進党→共産党、といわば政治学の教科書通りの答えが返ってくるのだそうだが、若い世代に保守から革新、つまり右から左へと並べてもらうと、共産党→民進党→自民党、と答えが返ってきて、これが若い世代の認識らしいということだ。

 

若い人に安倍首相や自民党支持者が多いというのを聞いていたし実感もしていたので、私は若い世代が保守化しているのかと思ったが、実は違うのだ。やはり若い人は、昔と同じで、既成のものに反発し新しいものが好きで変化や変革を求めているのだ、と解釈できて納得した。ただ、ぼくは個人的には、安倍さんが若い人たちを連れて行こうとしている変化や未来には懐疑的で、結局、仕事や生活の面でも、平和で安全な暮らしについても若い人たちがつらい目に合うのではないかと考えて、こんなことを書いたりしている。

 

さて、ぼくにはこんな夢想がある。ぼくの住む宮城県には女川原発があり、東北電力もその社員さんたちも、ということは労働組合の人も一生懸命、推進・再稼働に向けて頑張っている。

 

   

そういう名門企業の労働者たちは、「連合」という組織に入っていて、日本の政治の世界では、大きな力を持ったプレーヤーのの一員だ。そこで私には、政治のことで、こんな夢想がある。

 

 

 

日本には西洋型の民主主義はそぐわない。選挙に投票に行く人が少ないのを見ても、西洋型の民主主義は定着していないことがわかる。こういう国で、独裁者や安倍さんのような極端な人が出てこないための民主的統制はどう取ればよいのか?

私には、自民党がかつて行っていた派閥政治というのが、一番日本的な民主的な制度だと思う。派閥間での根回しや、事前協議や、話しあい、交代、持ち回りというのが、民主的な機能を果たすのだ。そして、何より日本人は、自民党に永久に政権を担ってほしいと思っている。だが、1党独裁は腐敗を生む。それを防ぐには、競争は進歩を生み無駄を省くので、派閥同士が民主的に争って、リーダーを選出すれのだ。

さて、そのときにもはや「連合」は、過労死するまで残業することに賛成しているし、原発推進の立場なので、自民党に入れてもらって、1つの派閥におさまるのだ。経団連を代表する派閥と連合を代表する派閥が他の派閥と争うことで、多少は労働者に有利な政策が実現することもあるだろうし、バランスの良い政治ができる。そうなれば、もちろん「連合」が支えている民進党は解党で、大自民党派閥連合体がこの国の政治を担うのだ。

こうなった時、私のような少数意見の持ち主が弾圧されるのも嫌なので、国会や政治の世界にも、「ただし、少数意見は必ず尊重すること」という但し書きの文言や規制が入ることが望ましい。それを制度的にも保証するために、1つの大臣ポストは必ず大自民党派閥連合体以外から出すとか、何か工夫がほしい。

 


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2017年8月15日 (火)

敗戦の日に、インパール作戦の特集番組を見る

日中戦争と対連合国軍との戦争を戦った日本軍は、アジアの解放者であり、南京大虐殺のように現地の無抵抗の人を傷つけることはなかった、お国を守るために戦って散った人々は尊い、日本国の悪い面を指摘することは自虐史観であり、日本は素晴らしいと常に言い続けないといけないという考えや意見を持つ人がいるということに大いに敬意を払いつつ、敗戦の日の今日、第二次世界大戦末期に行われたインパール作戦を検証したテレビ番組を見て思ったことを記す。

 

インパール作戦に限らず、第2次世界大戦中の皇軍の死者は、戦闘死よりも、病死や餓死が大半だ。つまり、兵站や補給路を無視した軍上層部による作戦ミスによる死だ。これを美しい死だと美化するのは無理があると思う。美化することは、必然的に作戦の責任者を免責することになるし、万が一、次をやるとしても反省も責任の所在の追及もしないわけだから、進歩もない、同じ過ちを繰り返すだけだろう。

 

インパール大作戦の計画推進者、牟田口氏も、戦後の連合国の取り調べに対し、作戦は上司の命令だという一方で、大本営の作戦課長は、作戦は現地軍がやっというし、結局誰も責任はとらない。作戦推進者がだれも責任を取らない一方で、兵卒たちは3万人死ぬ。それも作戦撤退中の飢餓と病気で。牟田口氏は、いかに自分が正当であったかを国立図書館に証言を記録して残し、77歳の天寿を全うするまで生きる。戦後も似たような事象は当然繰り返される。フクシマの核発電事故も同様、誰も責任を最終的にはとらないままに、「推進」ということだけがあいまいなまま決まっていき、異論は排除される。

 

番組では牟田口氏に仕えた若き陸軍経理主査が精神論が横行し、科学的根拠もないまま作戦が決まっていく会議などの様子を記録していて、皇軍撤退の悲惨な様子も伝えている。それによると、皇軍兵士は死んだ兵士の肉を食べたり、また肉を物々交換して生き延びたという。そして、死んだ者は兵卒や軍属ばかりで、将校や士官は死んでいないと指摘している。もうこうなれば誇り高き皇軍のモラルも何もないわけだ。もちろんこれは某テレビ局が番組編集上したことで、無謬の日本軍にそんなことがあるはずがないという、考えもあるだろうが、むしろ私は、こういう自分だけは生き延びてやるという個人主義やわがままは否定してはいけないと思うし、集団の同調圧力が強い日本こそは、こういう健全な個人主義が、戦後の日本の復興の原動力にもなったと思うし、今の時代にも大事ではないかと思う。健全な個人主義やわがままがあれば、指導者層がやたら「道徳」を強調し集団のために尽くせというときは、「怪しい、奴らは自分たちだけが利益を独占しようとしてるんじゃないか、許せない」と懐疑や批判の目を向けることができるからだ。

 

さて、自分が歴史の奔流の中でインパール作戦に参加していたらどうしていただろうかと、考える。もちろん私は上層部に選ばれるような人間じゃないので、一兵卒としてだ。今のように情報が自由に手に入れば彼我の実力差を勘案し、どう見ても無茶な作戦だとわかるだろうが、当時は思想的にも洗脳されていただろうし、異論が封殺されている異様な雰囲気の中でどれだけ個人的に勇気のある振る舞いができただろうか。私は、夢想するが、何とか勇気を奮って「降伏」したいと思う。当時の国際法の中で「降伏」は全然不名誉なことではないし、いったんは潔く負けを認めておいて、5年後、10年後の再起を願えばよいのではないかと思う。もちろん、当時の皇軍兵士は、降伏ほど不名誉なことはないと教育されていたのだが。勝ち目もないのに、上層部のわがままに巻き込まれるのは御免と、そこをなんとか、個人主義を発揮し、仲間も語らって「降伏」したいと思う。それには、やはり「英語」の勉強も必要だっただろう。敵性言語だからと言って禁止するのでなく、「敵」だからこそ相手のことをしっかり知るということが、当時も今も必要だと思う。もちろん、当時、それは許されなかったのだが。


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2017年8月12日 (土)

良いスポーツ選手の条件「書き換えられる記憶」

良いスポーツ選手の条件とは何だろうか。それを知ることは、よい指導者となるために必要な知識だ。元陸上選手の為末大氏が、スポーツ選手と記憶について書いている。記事を要約してみる。(参考:『河北新報』2017.8.7)

・記憶についての一般的な考え…人間は自分自身に起きた出来事をテレビカメラで録画したように記憶をしている。もし、記憶を問われて「わからない」というのは、うそをついているか、思い出せないだけだろうと、普通の人なら考える。

・社会で流布する一般的な記憶観への疑問…記憶自体がテレビカメラでなく、そのときの印象を記した日記のようなものであればどうだろうか?さらには、その日記自体が変わるものであればどうだろうか?

・為末氏の経験談…世界陸上大会の決勝直前に豪雨に襲われ、通路の中でウォーミングアップをしていた。たくさん人がいて、場所が地下で入口が遠く、携帯の電波が入りにくく、中止や延期の情報が錯綜し、そのたびに、若手がウォーミングアップを開始し体力の無駄遣いをしていた。その中で、20代後半になり経験を積んでいた為末氏は体力を無駄遣いしなかったおかげでメダルが取れた。しかし、そのときから時がたち、再度その場を訪れてみると、通路が拍子抜けするほど小さく、記憶の中では数百人がひしめいていたものが、現実には数十人が入ればいっぱいになるくらいの大きさだった。

・科学的な実験の紹介…アスリートに、試合前「あなたは試合に勝てると思っていますか」と質問する。さらに試合後「あなたは試合前に勝てると思っていましたか」と質問する。その結果は、試合前「シアに勝てる」と答えた人も、実際の試合に負けたのちでは「試合前には勝てると思っていなかった」と、本人も自覚しないままに記憶を書き換える傾向があった。

・以上より為末氏の考察…認知心理学の世界では人間の記憶はあいまいで、無意識に再編集されるということが知られている。トップアスリートほど過去を書き換える傾向が強いのでは?その理由は→実際、競技人生ではいいことばかり起こらない。失敗もたくさんあるが、あれがプラスになったとか、あれが今につながっているという前向きな話しか出てこない。意図的に前向きに捉えようとしているのでなく、本当にいい出来事しか覚えていない。無意識に出来事を前向きに捉えている。

・結論…トップアスリートとは「未来に希望を持てるように、過去を再編集する癖がついている人々」。よく過去は変えられないというが、正確に言えば過去に起きた出来事は変えられないが、意味は変えられる。人生で起きた最悪の出来事も、その後の生き方によって、自分の人生の転機になったと捉えなおすことができる。

・私の感想…それぞれの経験が点だとすれば、その経験を結ぶのが線。どの点を選ぶのか、どういう結び方をするのか、成功する運動選手の分かれ目はそこにあるのかもしれない。


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2017年8月 9日 (水)

美しい日本の言葉たち―ゆかし

(過去の記事の再録です)

ゆかしは、もともとこちらがわが抱く相手・対象に対する好奇心・ひかれゆく心であったが、そこから転じて、心ひかれゆく対象・相手そのものも、ゆかしというようになった。心ひかれていくのは明確な理由があってのことではない。なんとなくその相手・対象が持っている雰囲気・秘められた魅力に引かれていくのである。「奥ゆかしい人」というのは私たちが相手をたたえる最良の言葉のうちの一つである。その人の魅力は外に全面的に開示されていない。秘められているのである。包まれているのである。奥がどこまであるか知りたい、見てみたいと思わせる人、内奥にまで心ひかれてやまない相手が「奥ゆかしい」人なのである。こうして「ゆかし」は相手・対象が持っている品格も言いあらわすことができるのである。


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2017年8月 8日 (火)

美しい日本の言葉たち―「言葉はなぜ…」

(過去の記事の再録です)

ことばはなぜ絶やしてはいけないのか、支配的な言葉にとってかわられてはいけないのか。その土地とともに暮らしてきた先祖の、民族の感情も言葉の消失とともに失われてしまうからだ。違う土地で生まれ、便宜のためにだけに話される、地域の言語にとってかわる上位語は、その土地や風土を背負っていないので、先祖や民族の生活に根ざした感情や知恵を的確に表現できない。言葉が失われれば知恵も断絶してしまい子孫はみじめな生活を強いられる。文化共同体が失われる時、ことばは亡びる。ことばが滅びつつあるときは、すでにその内実である生活が、すなわち文化が失われている。


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2017年8月 7日 (月)

相模原殺傷事件を考える

2016年に起きた相模原の障害者施設殺傷事件。実行者の元施設職員は「重度障害者は生きていてもしょうがない」と主張している。彼のこうした主張にどう反論すべきだろうか。彼の主張は現在の社会の在り方が多いにかかわっているような気がするし、ネット上では事実彼の支持者も多いと聞く。それを考えるヒントが新聞記事にあった。以下は、困窮者支援団体理事の大西連氏のインタビューをまとめたもの。(参考:『河北新報』2017.7.29)

 

・生きるのが困難な人に「生きなくていい」と言い放つ感覚は、ホームレスを襲う少年と似ている。誰もが生きていい、すべての命に意味があるとする近代社会の大前提が覆された。

 

・大西氏は困窮者の支援団体の活動を通じ、「ただ生きること」が肯定されにくい世相を痛感し、その背景を考察して「過酷な競争社会で生活が揺らぎ、将来に希望を見いだせない人が増えている。労働市場で「活躍」して社会の生産性に寄与する人間でないと、生きる価値がないとみなされている」と現在の社会の在り方に批判的な見方をする。

 

・そのような社会の在り方を象徴する事例として、「行政の財政難の理由に福祉が切り詰められ「救われない人」が続出しても「しょうがない」で済まされてしまう。人権を掲げて社会を変えようとすれば「自助努力が足りない」と非難される」と挙げている。

 

・この相模原殺傷事件が、「生活保護にしても奨学金にしても、制度からこぼれ落ちた人の生をどう支えるかが問われているその時に起こった」ということに重大な意味があると、大西氏は言う。

 

・背景に人々の視野が狭まっているという問題を挙げる。「日本の貧困率は16%だから、向こう3件両隣に貧困世帯があってもおかしくないし、近所のコンビニの客の中にも、生活保護や児童扶養手当の受給者がいる。精神疾患や障害のある人もすぐ隣にいるのに、気づいている人が少なく、特殊な人の遠い問題だと思い込んでいる」

 

・こういう狭い視野の社会状況生んでいる背景として「価値観の近い人が寄り集まり、内輪ネタですべてを語るような社会状況」と氏は説明する。核家族化が少子化でさらに縮小し、夫婦や親子が同じ考え方をするようになり、学校や職場も所得水準による「すみわけ」が進み、SNS(会員制交流場)の普及により、興味や関心の近い人が結びつく傾向が強く、自分との異質な他者が消えてしまった。

 

・今の社会の危うさを氏はこう指摘する。「社会という枠組みの中で支え、支えられている他者を見ない生き方は、何かの事情で「内輪」から逸脱した時は危うい。別の生き方を選びなおすことができず、絶望して自分や他人を傷つけ、命の否定に走る。」

 

・解決策として氏はこう示唆する。「世の中は広く、多様な人が多彩に生きている。自分の人生もこの先どうなるかわからない。リスクだけを見るのか、可能性も含めて考えるのか。人間力が試される」


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2017年8月 6日 (日)

東洋思想―「大きな声に…」

(過去の記事の再録です)

 

大きな声に人は耳を傾けるが、その内容はすぐに忘れられてしまう。

静かな声に気づく人は少ないが、人の心に深く残る。


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