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2017年7月 6日 (木)

悲しい風景―自然と人の暮らし

(過去の記事の再録です)

短絡的かもしれないが私の中では地方すなわち自然の多いところである。日本では自然が豊かであればあるほど、過疎でさびれたところが多くなるが、例えば、東南アジアなどでは自然が豊かなところでも人が多く集まり活気がある。日本は、加工輸出型産業で生きていく決心をし、いくつかの主要な都市に人が集まり、そこだけが活気を呈していればそれでよしとしているのである。直線的な歴史観では、やがて遅れた地域も進んだ地域のように発展を遂げていくのであろうが、その発展によって行き着いた先が、悲しい風景では、発展の価値を大いに疑わざるをえない。


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