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2017年5月11日 (木)

読売新聞を読め

安倍首相は、憲法改正についての私の考えを知りたければ、読売新聞を読むようにと国会で発言した。読売新聞は、全国民がとっているわけでもないし、正式な国家の宣伝機関でもないだろうから、「憲法」という大事なことで、最高の地位についている人の考えが全国民に伝わらなくなる恐れがある。

全国民に向かって自分の考えを伝えるのであれば、曲がりなりにも「国会」こそはこの国の民主主義政治というルールにのっとれば、国民の代表者がいるところであるので、ここで説明すれば、全国民に向けて説明したという形式的なルールは守られたことになる。

しかし、それをせずに、読売新聞を読んでおけ、では、国民に説明義務を果たしたことにならないと思う。しかし、読売新聞で発言すればそれで事足れりと安倍さんが考えているのだとしたら、安倍さんはこの国の民主政治という建前さえ守らない人なんだと、ぼくは不安になる。よく安倍さんのことを「存在そのものが憲法違反」という人がいるが、なるほど一理あると考えてしまった。

自分は民主主義のルールや法律・憲法を守らなくてもいいのである。つまり自分は「超・法規的存在」であるということを示しているのではないだろうか。国民も本来は、安倍さんが「超・法規的」存在であることを許しておくべきではない。もし、容認するのであれば、憲法によって「思想・信条の自由」が守られ、逮捕の際に最大限人権が守られ、拷問で自白を強要されることも最大限ないように守られている国民も、いつ「法規の外」へ置かれるかわからない。

「超・法規的存在」となれば、いつでも法規の外から、人を取り締まることが可能になる。国民は、自分は普通の市民なので自分には関係ないと思っているかもしれないが、人権や平和で穏当な生活を守ってくれている憲法や法規を超えた存在に対して、どうして自分だけは守ってもらえるという保証があるのだろうか。「超・法規的存在」となれば、自分のお友達は守るだろうが、お友達でなければ守られる保証はないのだ。


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