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2017年3月29日 (水)

仙台の最高気温が42度!?

3月26日の河北新報の大きく掲載された、核発電の維持・再稼働・推進の全面広告について考えてみた。これは日本電気協会の有識者組織「これからのエネルギー委員会」が仙台でフォーラムを開催したもの。それを報告するという形で掲載された広告。コーディネーターは同委員でもある勝間和代氏。表題の「仙台の最高気温が42度!?」は、広告の4分の1を使って大きなイラストが載り、2100年の天気予報で明日の最高気温の予測が仙台の最高気温が42度になるというもの。

この42度というこころは、基調講演をした山本隆三氏の言を要約すると、エネルギー問題は地球温暖化との関連で考えなければならないという点。温室効果ガスを削減するためには、核発電は温暖化対策になるということ。その他山本氏が述べる核発電を維持・再稼働・推進する理由をまとめてみると

 
・核発電が止まり電気料金が値上がりした。それは核の代わりに火力発電などに使う燃料費が上がったから。さらに再生エネルギー発電が増えそれを全消費者が負担しなければならないから。核発電を再開して推進すれば電気料金が安定する。

・火力発電の原料を中東に依存しすぎていて調達先が偏っている。国内エネルギー資源が乏しい日本にとっては、核発電を再開して推進すればエネルギー安全保障上も有利。

・必要な電気を全部再生エネルギーで賄うとしていたスウェーデンも原発を再開することにして、核発電を再開して推進すれば温暖化対策となる。

ここからはこの全面広告記事を見ての私の感想だが、きちんと調べたり確認したりしていないので科学的・客観的根拠に欠ける。単なる一私人の感想ということで大目に見ていただきたい。関電の高浜核発電再稼働もそうだが、利益を上げることが至上命題の私企業にとっては、核発電を再開することは儲けにつながり経営者としては、そうするであろう当然の選択だ。というのも、核発電はいくら費用がかかろうが、その文は確実に料金を回収して利益を上乗せすることができるそういう特異な料金体系に守られているからだ。要は、経済合理性ではやる・辞めるは判断できない、国策として意地でもやるかやらないかの問題なのだ。

でその国策を決定するのは誰なのか。官僚や政治家といった人たちなのだろうか。素人である国民は、利益も損害も受けるが、利害関係者として判断に参加できないのだろうか。

また、こういってしまうと問題点のすり替えかもしれないが、核発電の倫理的側面はどうだろう。フクシマ核発電所事故では、誰もその倫理的責任を取った人はいないが、人の生業や居住地を奪い、何十年、何百年先の子孫に廃棄物の処理の責任を押し付けることは倫理や正義という観点からはどうなのだろう。勝間さんのように事故前から核発電を推進しているいわゆる原発文化人の倫理的責任はどうなるのだろう。人間誰だって、ミスをすることもあるということで終わりにできることなのだろうか。

まあ、私ももう少しきちんと核発電が必要だという人の考えを勉強して理解しなければいけないと反省している。


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