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2017年1月21日 (土)

河北新報120周年・提言

宮城県の地元紙、河北新報が120周年を迎え「東北の道しるべ」として次世代へ東北像を提案した。「エネルギー自治を確立しよう」「自然と人間の通訳者を育てよう」といった提案に私も共感する。

その提案があった1月17日付の記事に、「90歳に学ぶ失われつつある44の価値」という東北大学の古川准教授の研究も紹介されていた。新聞側は特に意図していないかもしれないが、自分の中で同じ日の、もしくは日をまたいで記事の共通性を考えさせられることがある。新聞は私に思考の種を提供してくれるので感謝している。

さて古川准教授の研究を要約すると、氏は1922年(大正11年)前後に生まれ、戦前の生活を大人として経験した人たちに当時の暮らしぶりを尋ね分類・整理した。そして失われつつある44の価値をまとめた。その中から全く私の個人的価値観で共感するものを挙げてみると「自然に寄り添って暮らす」「自然を生かす知恵」「山、川、海から得る食材」「食の基本は自給自足」「水を巧みに利用する」「燃料は近くの山や林から」「家の中心に火がある」「庭の木が暮らしを支える」などというものがある。そして古川氏は、東北人は、多くの制約の中で暮らさざるを得ず、いかにして豊かに暮らすかを考え続けてきた、環境に優しい未来の暮らし方は、特に東北古来の生き方にヒントが多く隠されていた、と研究を総括している。

私もその通りだと考えるのだが、と同時にため息もつきたくなる。お金のかからない環境に優しい暮らしをしようとしても、里山の木は汚染され薪ストーブを焚けば灰に放射性物質が濃縮され、裏山のキノコ、山菜、タケノコも放射性物質を含んでいる。東北が前に進むのを妨げているのはやはり核発電所の事故だと嘆かれてしまう。

もちろんそうは考えないという意見の方々が大勢いらっしゃることを、私も知っている。東北は何ら今でも傷ついてはいない。私のような人の言動が、ありもしない放射能被害を拡大し風評被害を形作っているのだと。

「失われつつある44の知恵」の中には「いくつもの生業を持つ」「小さな店、町場の賑わい」「振り売り、量り売り」なんて言うのもある。河北新報の提言にも「2枚目の名刺を持とう」「共創産業を興そう」というのがある。中央や東京の真似をせずに、東北の知恵を生かして未来を築き上げていければ、他の地域の人たちだって振り返って見るような生き方が東北ではできるのじゃないだろうか。


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