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2016年12月28日 (水)

天皇制を考える

今上天皇が、自らの退位に言及し、国民に直接語りかけたことから、天皇制についての議論が行われた国民の関心も多少は呼び覚まされた1年だったのではないだろうか。先日の河北新報(12月15日付)に、天皇制について論者の論考が掲載されていた。

高村薫氏の論考を要約してみると、

「日本が近代国家になるにあたり、天皇を国家の機関としてはめ込むことができず、そのひずみが天皇を戦前は神にし、戦後は象徴という意味不明のものにしてしまった。わからないからベールでおおって皇居にいていただくという形にした」

「だが今の陛下は自らお堀を超えて国民のところへ出てきた。慰霊の旅は政治が疎かにしてきた部分を埋め、国民の心情にプラスに働き、政治が右傾化する中、バランスが取れるよう引っ張り戻す働きをした」

「天皇に慰霊の旅を期待し任せてきたのは私たちの戦後が間違っていた。民主主義国家なら本来は政治が戦没者の追悼に責任を持つべき」

「象徴天皇は現実に必要ないと思うが、長い歴史にとともにあった天皇を現代においてなくしていいと思わない」

「皇太子の代になり皇室の姿が変われば国民の無関心が進むかも知らない。国民統合の象徴という憲法の文言も形骸化するかもしれない。天皇の在り方を政治家任せにするのでなく国民が真剣に考える時が来ている」

私も、今上天皇の非戦のお気持ちを大変かたじけなく思い、安倍首相に対抗する勢力の願いと思い、8月15日の敗戦の日のお言葉など大変注目して聞いてきたが、そもそもそういう役割をこれ以上続けて、御高齢の陛下に期待するのも酷なのだと思う。

もう一人の論者は上野千鶴子氏。
「8月の天皇のメッセージは憲法上問題がある。政治行為の制限からすると越権では。天皇制には反対しているが、天皇制は職業選択の自由も奪われ、行動の自由も制限され、男児出産の圧力にさらされ同情する」

「今上天皇が憲法順守を口にしたり、戦地を訪問したりすることで、国民は護憲・反戦というメッセージを受け取り、立憲主義者で平和主義という評価があるが、将来の天皇がどのような考えを持つかわからない。天皇の在り方が個人の性格で変わるのは困る」

「天皇制は権威主義の根源であり、自分たちの代表を自ら選ぶ民主主義に反している。日本は民主主義国家なのだからどうして共和制でないのか。国民統合の象徴入らない」

これまた上野氏らしい論だが、今の天皇が護憲・反戦でも、将来の天皇がどうなるかはわからないというのは、その通りの指摘だと思う。もちろん、私と同世代の皇太子様には、民主主義と平和を願ってくれる方だと期待するが、若い世代になればなるほど、自民党の支持率も高く、百田氏の小説や映画も人気があるのだから、将来天皇が政治利用されないとも限らない。そうならないためにも上野氏のように天皇制はない方がよい、という意見もなりたつのだろう。

天皇誕生日を機に、天皇制を考えてみようと思ったが、日本にとってはこれはとてつもなく大きな問題だ。


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