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2016年12月20日 (火)

流行語大賞を考える

今年一年はやったことばを年末に表彰する「流行語大賞」。その流行語大賞で「保育園落ちた日本死ね」が流行語大賞ランク入りしたことで、「日本人として悲しい」「はやらせたい人間は変態」と批判が噴出しているという。この騒動の紹介と考察が河北新報12月14日付の記事にあったので、紹介してみる。

批判の先頭に立ったのがタレントのつるの剛士さんと中国評論家の石平さんだ。つるのさんは「こんな汚い言葉に国会議員が満面の笑みで登壇、授与って。なんだか日本人としても親としてもとても悲しい気持ち」と発言し、彼の発言がおびただしく引用されたという。石さんは「普通の日本人の間では「日本死ね」のような言葉がはやった気配はない」「はやらせたい人がいるからノミネートされたわけだが、そういう人間はよほど変態」と批判したという。この言葉を選ぶ立場にあった俵万智さんが個人攻撃にあった。

擁護する立場としては、流行語大賞を主宰する自由国民社は「政権批判を偏向と決めつける向きがあるが、そうした言葉が流行語の中にあるのは当然。政権を名指しで批判することもできたが、あえて「日本死ね」と表現するなど、よく言葉を選んでいる」。また、「日本死ね」のブログが話題になることで厚生労働省が待機児童解消緊急対策を発表するなど、現実を動かした点を評価する識者のコメントも紹介している。

さてここまでがバランスよく問題の賛否を紹介したものだが、この記事の優れているのは一連の騒動から考察を引き出しているところだ。最低賃金引上げ活動をしている若者や識者の言葉を紹介しながら、今の日本の現実や雰囲気を映し出し引き出している。

「言葉遣いに対する批判をよく受けるが、それは本質から目をそらす行為だ。社会や政治の怠慢に目を向けず、訴えの言葉遣いばかりを批判するのはナンセンス」

「キレイでホワンとした心地いい言葉だけで世の中がよくなるのか。日本が好きならば、こんなひどい言葉を国民に言わしめている状況を恥じ、変えなければならない」

「日本死ね批判は、テレビに氾濫する日本礼賛の裏返し」

「政府批判をすることに「偏向」のレッテルを張ったり、物言えば唇寒しというのでは息苦しいし、つまらない。まっとうな政府批判は必要」

ここから見えてくる日本の現状。日本人は自信を失っている。自信がない人ほど外面を強がる。「日本人は優秀で、日本は優れている」という言葉を一秒たりとも聞いていないと、自信を喪失する。日本人は優れているので歴史上誤ったことはしたことがないと無謬性を信じたい。だが、日本人が別に優れていなくても、過ちを犯しても、それで日本人の価値がなくなるわけでもないし、愛国心がないとも言えない。押し付けられた愛国心は、自発的な愛国心に何倍も劣る。日本人にはいい点もあれば悪い点もあると考えれば、特にほかの民族を下に見るなんてこともしなくなるだろうし、歴史上の誤りをきちんと認めてこそ、大国アメリカやロシア、中国などの非人道的な犯罪に対してもきちんとものが言えるようになる。最後の段落は記事ではなく私の意見だったが、そうしてこそ本当の愛国だと思う。


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