« 自民党の強さの秘密 | トップページ | 生活保護の是非をめぐる論点 »

2016年11月 3日 (木)

スポーツで学べること

体育を大学で学ぼうとする人たちの入学試験に小論文が課されることがある。スポーツに関する小論文をいざ学ぼうとしても、なかなか素材がなくて困る。もともとスポーツが好きな人が受験するのだろうし自分でもスポーツをしてきた経験がある人が多いが、自分の経験だけで何かを言おうと思えば、いわゆる「経験論」となりそれが普遍的な意義を持つかは判断しずらい。素材がなくて困っている人に河北新報10月17日付の元陸上選手の為末大氏が書いた論考をまとめてみる。

氏はスポーツでは「潜在的な自分」を扱える選手が強く、メダリストとはそういう人だと述べ、潜在的な自分=自分が知らない自分について考えていく。そのきっかけは、こういう実験だ。生理学者のベンジャミン・リベット氏が人間の意思決定に関する実験を行った。手を動かすタイミングと、動かそうと意図したタイミングのずれは0.2秒である。当然意図して、そして動くという順序である。しかし、その意図する前0.3秒に、脳で準備電位が測定されることから、為末氏は「脳の中に自分の知らない自分がいる」、と考えるようになった。

スポーツと「自分の知らない自分」との関係はどうだろうか。例えば、運動の練習をしていて、今日は気分がのらなくて練習に行きたくないなと考えることはよくある。しかし、家でそう考えていても、実際に練習場に行ったときには別の気分になることもある。だからスポーツとはまずやってみることであり、いまの自分がずっとそうである自分でないことをスポーツを通して知ることができる。

またスポーツではコントロールできないものは考えず、コントロールできるものに意識を向けるという考え方をする。しかし、実際人間は意識していない周りの環境に知らないうちに影響を受けていて、その具体例として日本人の歩き方とアメリカ人の歩き方の違いを為末氏は指摘している。歩き阿多というのも無意識的に集団から影響を受けるのだそうだ。(これは海外から帰ってきたとき日本人が整然とまるで何かに操られるように歩いていてショックを受けた、ぼく自身の経験とも一致する)。そこで、自分の知らない自分に出会う方法の一つとして成長するスポーツ選手は、少し高めの環境に身を置き、適応することで自らを成長させていくという。

さて、スポーツを通しての見知らぬ自分との付き合い方、小論文や自分の思考の参考になったでしょうか。


にほんブログ村

« 自民党の強さの秘密 | トップページ | 生活保護の是非をめぐる論点 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/197245/68238472

この記事へのトラックバック一覧です: スポーツで学べること:

« 自民党の強さの秘密 | トップページ | 生活保護の是非をめぐる論点 »