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2016年9月11日 (日)

困窮発言に批判

河北新報9月5日付の記事の切り抜きをとってある。概要はこうだ。NHKのニュースが子供の貧困問題を取り扱った。番組の中で女子高生が自分の困窮体験を語り、経済的理由で進学をあきらめたという厳しい生活ぶりを紹介した。だが番組の放送後、「本当に貧困なのか」「趣味をあきらめたら進学できたのでは」という書き込みがインターネットに流れ始め、本人の個人情報を暴露して中傷する者まで現れた。

河北の記事では、こうした反応に対する反応まで拾っており、奨学金を借りて東京都内の私立大学に通う学生の「貧困だと、文化的にも精神的にも豊かになることを許されないのですか」「奨学金で学校に行くなら、勉強とアルバイトだけしていればいい、サークルに入らず、身なりを気にせず、目の前のことを精いっぱいやっていろと言われているのと同じ」という声を紹介している。

そして識者の解説として、この問題の背後には貧困に「絶対的貧困」と「相対的貧困」の2種類があり、日本では飢餓線上の絶対的貧困は少なく、社会の平均的な水準と相対比較したときの「相対的貧困」が多く、この「相対的貧困」が理解されていないために冒頭の女子高生への攻撃がおきたという趣旨のことを載せている。

わたしも教材を作るため日本の貧困問題について少し調べてみたことがあるが、日本では子供の相対的貧困率は6人に1人の割合で、立派な貧困大国なのだ。いわゆる先進国と言われている国の中ではアメリカに次ぐ第2位の高率で、本来ならば自慢できる数字ではないが、アメリカも日本も自己責任に基づく自由経済を重視する国である。そして国民も政策や政権を強く支持するのであれば、貧困問題の解決はこのまま自己責任に任せられ甘えている人間はネットで攻撃される、ということだろう。
橋下さんや安倍さんや自民党が人気を博し国民の強い支持を獲得してきた流れを振り返ってみると「生活保護受給問題」がある。不正受給は絶対に許さないという正義が、国民の共感と特にインターネット上からは強い支持を得、人気を博してきた。いま国民は強さや正義にあこがれ、不正や弱者には容赦しない。これほどまでに、「リベラル(自由・平等・博愛)」や知性が胡散臭い目で見られ見捨てられている時もない。(自分はその時代に生きたわけではなく体験していないので知らないが、あえて言うならやはりヒトラーが政権を取ろうとして破竹の勢いで国民の支持を得ていた時代に近いのだろうか)。人の話は聞かず、自分の思い込みを力強く、何度も繰り返せばそれが、国民の心に響く。ネット上では喝さいを浴びる。知的な論考などは、スピード感のないたわごと、現実味のない一蹴すべきこと。後世の歴史家は、この時代を振り返ってどのように時代描写するのだろうか。

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