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2016年7月17日 (日)

読書ノート「因果性と相補性」(ニールス・ボーア)

フクシマの核発電事故以来、物理学を素人なりに理解しようとしている。専門家に牛耳られ『事故の影響は何もないのだから、素人がわかりもしないくせにヒステリックに騒ぎ立てるな」と言われるのが悔しいというのが動機の一つだったが、学び始めてみるとなかなか物理という学問も面白い。

哲学などの文系学問とは違う人間の世界理解に対するアプローチの仕方だが、目に見えるものから見えないもの、地球上から宇宙全体まですべてが物理が相手にする学問領域だ。物理学の世界に対する理解はなかなか深淵だ。数学を用いて、統一的に世界を説明できたらなんて素晴らしいのだろうという、物理学者の美意識はなんとなくぼくもわかるようになった。

でももちろん、そのことと核発電や核兵器は別問題だ。物理界のスーパースター、アインシュタインもそして量子力学の大立者ボーアも純粋に物理の世界にだけこもることは出来なかったししなかった。時代の要請が政治的、というか人間であればするであろうまともな発言や行動を世界に向けてせざるを得なかった。

岩波文庫で出ているボーアの論文集「因果性と相補性」についても第2次世界大戦直後、国連での核兵器に関する彼の提言が載っている。この時、核兵器はアメリカとイギリスだけが独占していたが、この技術を世界中に公開し、アクセスを求める国家にはすべて平等にアクセスさせ、その代わり兵器転用ができないように査察を厳しくするという提案をしている。とても先見の明がある提案だと思う。戦勝国だけの独占にすれば、締め出された他国と開発競争になり泥沼化する。そうならないためには、情報公開が大切だ。情報公開して、ならずもの国家が兵器を作ったらどうするんだという問題が必ず出てくるが、基本的には全世界中が富や資源に平等にアクセスできるようにして、その中で悪用しないようにしていくのが世界規模で平和を達成する道だと思う。

さて肝心の量子力学についてはぼくに解説する力量がないのだが、量子力学のその当時における斬新さと世界理解に与えた、そして今も与えている大きな影響はこの文庫本のタイトルにある通り「因果性と相補性」だろう。古典物理学の世界では、ある物体がある時点である位置にいて、ある速度で移動していれば、ある一定時間後の位置は必ず決まる。運動方程式が建てられるのだから、その方程式を解くだけで答えは一つで、ある物体は一定時間後に必ず予測されたところにいる。これが物理の世界で揺るがない因果関係だ。ところが量子力学の世界では、ある一定時間後にその位置にいるかどうかは確率的にしかわからないのだ。つまりそこにいるかもしれないし、いないかもしれないし、いるとしたら何パーセントの確率でということになる。

深淵で面白い世界観で、文系人間のぼくにはそういう世界の方がなんだかおもしろい気もする。だが量子的世界観が通用するのは原子や電子と言った極小の世界であって、我々の日常生活の世界では、以前の通りの因果関係が続いていると思って間違いない。原子や電子の世界が想像の世界だけではないとわかってきた20世紀の初頭に量子力学は誕生した。

極微の世界では、位置を正確に測ろうとすればエネルギーが測れず、それが持っているエネルギーを正確に計ろうとすれば今度は位置が測れないというように、相反する世界が広がっている。それでは正確な観測をあきらめなければならないかというと、それをうまく解決するために出された考えが量子力学の世界観だ。そこで相補性という考えを用いるのだが、ボーアの論文集も、数式を駆使したものではなくて、哲学書のように「どう考えるのか」が説かれている。そういう世界観や考え方の基礎を作ったからこそボーアは量子力学の中心人物としてこの分野の確立に大きな貢献をしたのだ。相補性という考えをぼくはうまく消化して説明できない。しかし、印象に残っている比喩表現は人間の心理学だ。人間が人間の心理や感情を研究する。研究対象である「心理」や「感情」は客観的で独立した存在だと言えるだろうか。観測者である「人間」が何らか測定結果に影響を与える。だからと言って、研究できないものでもない。それが物理学者=観測装置とその観察対象との関係と同じだというのだ。


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