« 18歳選挙権 | トップページ | 読書ノート「因果性と相補性」(ニールス・ボーア) »

2016年7月13日 (水)

政治的寛容と少数意見の大切さ

今となっては参議院選挙の結果が出る前になってしまったが、7月5日付の河北新報に在日韓国人姜誠(カン・ソン)氏の論考が掲載されていた。それは18歳になって新たに投票権を得た若い人たちに対するメッセージだったが、日本社会の今後の方向性に対する少数派に属する人からの貴重な提言でもあった。

氏は選挙に行かないかもしれない新有権者に対して、それはもったいないと呼び掛ける。なぜなら、日本に居住し選挙に参加したいと思いながらもできない、無権利者―外国籍住民や無国籍者がたくさんいるからだ。姜氏もそういう無権利者の一員で、「自らの意志で政治代表を決めるすべを持たない人間は果たして、民主主義社会で十全たる個人と呼べるのだろうか」と自問したのだという。

こういえば、ヘイトスピーチや嫌韓・嫌中国が日本社会を上から下まで席捲している昨今なので、そんなにいやならとっとと帰れとの声が聞こえそうだが、ぼくが姜氏の主張に共感するのは、健全な民主社会には多様性が必要であり、その多様性を生むのは少数派や異質な人たちだと思うからだ。その多様性や少数派を排除した社会は一見一枚岩で強そうに見えるが、それは弱さの裏返しの強がりのようなものでもろくも崩壊してしまう。

氏が18歳の若者に選挙を勧めるのは、投票してときに死に票になり自分の意見が政治に反映されない時、少数派や弱者が置かれている立場に気付くこともあり、それによって目が開かれるからだという。

日本では国家は同質な文化を持つ民族の共同体であるべきだとの規範意識が強い。親から日本人の血統を引き継ぎ、その文化圏で生まれ育たないと日本国民足りえないという考えが強い。だから、外国人を排除する気持ちも強い。さまざまな歴史的経緯を持つ理由から日本への同化を良しとしない民族的マイノリティーを排除してしまう。彼らのほうもあえて外国籍を維持する。

しかし、彼らだって自分が住んでいる地方に対して、貢献したいという気持ちがあるのではないか。国防や外交政策に影響するので、国政の参加権を付与することは急には無理だが、地方選挙の参加を通じて自己の文化特質や資源に応じた社会貢献をすることで、多様性と活力に富む地域社会を作り一員になりたいとの願いが在日外国籍住民の中にもあると氏は言う。

私も、日本に来てくれる外国人や日本在住の外国人は「人の宝」だと思う。ともに今後の日本社会を作っていってもらわなければならない大切な人材だ。今回の参議院選挙は東北と沖縄だけが全国と結果が違った。たぶんこの2地域は日本の違う現実を見ているのだろう。

東北の人たちが見ているのは20年後、30年後の衰退している日本だ。人口そのものが減り、高齢化が進み、医療と福祉が崩壊し、地場産業は衰え雇用の場所がなくなる。そういう意味で最先端の日本を体現しているのが東北だ。他の地区の10年先、20年先を行っている。ぼくは決してこのことが悪いとも思わないし、今までになかった新しいことをやる無限のチャンスが広がっていると前向きにとらえている。だが、そこで力を合わせて働くのは文化的・血縁的に限定された日本人だけではないはずだ。そもそもそういう意味の日本人が少なくなっていくのだから。誇れる日本というのは、社会的、文化的にも寛容で、多様性を重んじ、それが社会の活力となりダイナミックな変化をして時代の変化に対応できるそういう社会であると思う。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 社会思想へ
にほんブログ村

« 18歳選挙権 | トップページ | 読書ノート「因果性と相補性」(ニールス・ボーア) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/197245/66488208

この記事へのトラックバック一覧です: 政治的寛容と少数意見の大切さ:

« 18歳選挙権 | トップページ | 読書ノート「因果性と相補性」(ニールス・ボーア) »