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2016年7月 6日 (水)

18歳選挙権

18歳から投票できることが今回の参議院選挙では一つ大きな話題となっている。果たして若者の投票率は、そしてそれが全体の投票率の底上げにつながり国民の政治への関心は高まるのか、そんなことが注目されている。河北新報6月22日の記事に、18歳選挙権先進国のオランダの総領事ウオルスさんのインタビュー記事が載っていた。18歳選挙権を巡る論点や視点を提供してくれて私はこの記事に関心を持った。

まず18歳という年齢が早いか遅いかについて。氏は「18歳は大学進学などで社会に出ていく時期なので、政治参加には早すぎない」という。ただ日本の若者の印象については「大人に守られながら育ち幼い印象を受ける」という。若いうちから自分の意見を探す訓練をさせるオランダに比べると、年長者から万学んで行く傾向が強い日本との違いが出ている、という。

日本では、政府の公式見解以外は教えてはいけないと、高校の現場では委縮が起きている。萎縮というか世間の動向を先回りして気にする自己規制であるが、これでは高校生が政治について学ぶ機会はなく、何を判断基準にして候補者や政党を選んでよいかわからない。それに対して氏は「上から目線で子どもに教えるのは間違いで、子どもたちに議論の仕方や政策の比較の方法を教え、彼ら自身で検討するように仕向け、自分で考える力を引き出すようにしてほしい」という。

私も氏の考えに賛成だ。何も学校の先生たちだって、特定の候補者や政党に投票するよう誘導しているわけではないだろう。肝心なことは、この民主主義社会では、国民の一人一人が主体なのだから、自分で判断し行動することだ。でも、その力というのは育てなければ育たない。自分で考える力がある国民こそが民主主義社会には必要だし、そうじゃない社会では、自分で思考しない国民は大歓迎だ。オランダではどうしているのだろう。

1つには、オランダの小さな都市ではごく普通の住民が議員を務めそれが政治を身近にし、多様性を生んでいるという。ウオルス氏も小さな町の議員を勤め、道路一本作るだけでも、自分たちの生活がどのようなシステムに支えられているか、問題がどのように解決していくかを知ることができてよい経験だったと言っている。民主的な社会というのは一朝一夕にはできず、こういう小さなことの積み重ねが、民主的な社会を支えているのだ。だが、民主的な社会が簡単に崩壊してしまいうるというのは歴史を見ても明らかだ。

日本の場合、投票を棄権する人の理由で「自分が投票しても政治は何も変わらないから」というのが多い。政治は自分の生活とは全く無関係で、知らない別の世界の人が行うものだと思っているし、また何を言ってもしても変わらないという政治不信が人々を政治、つまり民主的な社会参加から遠ざける。人々が絶望するその原因の一つには、立候補する供託金が世界水準からすると異常に高く、これでは2世議員などの恵まれた家柄のものしか政治にかかわれないといった問題も様々にあるのだが。

私もこう言っているだけでは世の中変わらないので、何かしたいとは思っているのだが…。とりあえず、選挙権は行使したいとはいつも思っている。

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