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2015年11月 8日 (日)

育鵬社の教科書採択

宮城県議会では自民党と公明党が過半数以上をしっかりと確保しその後押しもあり、県立高校である二華高、古川黎明高の皇民科で育鵬社の教科書が採択されてしまった。宮城県議会選挙がついこの間あったが、自民党と公明党の勢力は相変わらず強く、ますます育鵬社の教科書採択の圧力が強まる。

教科書問題では、ぼくは強い危機感を抱いている。自国の文化や歴史に誇りを持つことは良いと思うが、自分たちが無謬で、相手が100パーセント悪いという態度では、この国際社会で生きていく市民として他者と協調してやっていけるとは思わない。国内だけにとどまっているつもりだとしても、結局「夜郎自大」で、核発電事故等の無謬神話や戦前と同じ、神の国の不敗神話に陥るだけだ。

自国も他国も客観的に良いところ・悪いところを判断し、そういう観点から行動できないものだろうか。ぼくは、安倍さんや日本会議のような人たちから、「貴様のような非国民は…」といわれてもかまわないが、日本のいいところと悪いところとを客観的に常に考えたいと思う。そこで思いだす話は、ニム・ウェールズというジャーナリストが戦前の朝鮮独立運動家を取材した話だ。独立運動なんてするのは、日本政府から見たらとても許し難い存在だが、その独立運動家は、捕まるのであれば日本で捕まった方がいいと言っていた。理由は、もし中国などで捕まれば裁判もなしで死刑になってもおかしくないが、一応日本ではちゃんと法律の手順を踏んで裁かれるからだと。こんなふうに、戦前のアジアでは、曲がりなりにも日本は民主主義的制度が整った先進的な国だったのである。もちろん、今の基準から見れば戦前の日本の法律などには欠陥も多いだろうが、客観ということは相対化して見るということだ。育鵬社の教科書が自分自身を相対化して見る視点を養う教科書とは思えず、日本の将来のためにもとても危機感がある。

震災と核発電事故以降、関西の人たちとのありがたいつながりができた。大阪の方でも育鵬社の教科書に危機感を持って活動している方たちがいる。大阪は、在日朝鮮人の人たちの数も多く、同和問題などもこちら仙台とは比べ物にならないくらい先鋭化しているところだ。そういうところで育鵬社の教科書の問題を考えている方の活動やお考えの一端を知る機会があった。次回、機会があれば育鵬社の教科書の何が問題なのか、大阪の活動から示唆を受けたことを記してみたい。


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