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2015年11月 2日 (月)

メトロポリタン歌劇場・ライブビューイング『イル・トロバトーレ』

2015-2016シーズンのメトロポリタン歌劇場ライブ・ビューイングが始まった。その第1作目は、ベルディ作曲の『イル・トロバトーレ』。同じベルディ作曲でも『椿姫』『アイーダ』ほど有名でないこの作品、聞いたことがある曲は鍛冶屋での合唱くらいだが、ベルディは合唱曲が素晴らしいと思う。そんな中で、ぼくはその台本が興味深かった。内容は悲劇である。これはライブビューイング第2弾の『オテロ』を意識したつながりとしたのだろうか。オテロはもちろんシェークスピアの一大悲劇。オテロはもちろん偉大な悲劇だが、『イル・トロバトーレ』もよくできたドラマだったと思う。伯爵に殺されたジプシーの老婆が娘に復讐を頼む。娘は復讐をやり遂げる。だが、その復讐はどのようになされたか。こんなに残酷な復讐のやり方はないだろう。肉親が肉親を殺めるように仕向けるのだから。それも何十年の歳月を賭して。

というわけで、主人公の美男美女役を差し置いて、ぼくが印象深かったのは、ジプシーの老婆アズチェーナ役のドローラ・ザジック。狂気や執念のほかに母性愛のような様々な感情を表現していて迫力があった。もちろん人気があり拍手喝さいを受けていたのは、レオノーラ役のアンナ・ネトレプコ。そしてルーナ伯爵役のホヴォドロストフスキーは、病気からの復活ということで観客・オーケストラからも温かい拍手を受けていた。

レオノーラと相思相愛で、実はルーナ伯爵弟マンリーコ役にヨンフン・リー。若手で新鋭の東洋系のテノールだ。東洋系を主役級に抜擢したのは劇場側の世界戦略があると思う。成長と人口が多いアジア市場への思惑だ。ただ、毎回METのライブビューイングを見ていて思うのは、ニューヨークという場所を反映してか、多様な人種が舞台に登場しているということだ。それはやはりニューヨークの多様性を反映してのことだと思う。人種的偏見はこの日本でも強いが、昔はそんなことを気にしていた人もいたな、と早く笑い話になってくれるとよい。ただ、東洋系の顔は、我々日本人も含め、良くも悪くも平たい。オペラはやはり濃い顔立ちの彫りの深い人たちの国が発祥なので、東洋系の顔は京劇や歌舞伎で映えるのかと思った次第だ。

アジア市場を意識していると思ったのは、今後に続く演目を見てもそう思った。ビゼーの『真珠採り』(舞台はインド)、『トゥ―ランドット』(中国)、『蝶々夫人』(日本)という具合だ。さて、『イル・トラバトーレ』が拍手喝さいの中で終演を迎え、カーテンコールのさなか、最前列に着物姿の日本人が映っていた。ニューヨークで着物で観劇。これも素敵である。


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