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2015年10月20日 (火)

木村真三氏講演会「ベラルーシ・ウクライナと飯館村」(その2)

日本キリスト教団東北教区放射能問題対策室いずみ主催の木村真三氏の後援会から感じたことを、自分の備忘録としてもここに書き記しておく。それにしても宗教団体のありがたさは震災・核発電所事故後にぼく自身としてもおおいに感じていたところだ。もし、この世に個人がかかわるものとして一元的に「国家」しかなかったら、人はどうなるのだろう。とくにその国家が自らの民を棄民をするような国家であれば。人を取り巻く外側、関係は、重層的である方がよい。宗教団体が、震災後私たちにかかわりを持ってくれ、ずいぶん助けられ、感謝している。仏教団体からは、子供たちの保養への支援を受けることができたし、この「いずみ」さんは、現在でも被災地でこの木村氏の講演会をはじめとして放射線相談会や医療検診をしてくれている。宗教は、国家を横断することができる。人々のまわりに重層的な関係を築くことが、人間の安全保障であるし、セーフティネット(安全網)でもある。

さて、木村氏の物言いは科学者としてとても慎重だという印象を受けた。それは、本人も言っていたが、誰からもケチをつけられないためということだ。ぼくが解釈するには、核発電を推進する政府御用達の学者から、「お前のデータなどは当てにならない。核発電に不利なインチキデータや流言飛語を人民どもに流すでない」といういちゃもんをつけられないための慎重さというか、学問的良心なのだと思う。放射性物質の安全性や人体への影響は学問的には定説はない。もちろん大量の放射線を浴びることは致死的であるということは疑いようのないことだが、特にあいまいなのは低線量・長期被ばくについてだ。そこで、木村氏は地道にデータを取り続けている。なにしろ木村氏は事故後にいち早く現地入りし放射線を測定し、各地の汚染度合いを調べ続けている。科学こそが説得力のある客観的なものだとしたら、木村氏の態度こそは科学者としてふさわしく、データを隠蔽しようとしたり、そもそもデータを測定せずいち早く安全宣言してしまう政府系の学者は科学者といえるのか。木村氏は、新潟水俣病の時、病気は企業が垂れ流した水銀のせいではなく別のことが原因だと、証言した新潟大学の学者が、のちにちゃんと出世栄達したエピソードを話していたが、そういうことに対する憤りが、木村氏の根本にあるのだ感じた。

今、飯館村では除染と称して汚染された表土をはがして、袋に詰めておいている。大量の汚染土が袋に詰めておかれていて、持っていき場所がない。放射性廃棄物の行き場は、現在決まっていないので置いてあるところはあくまでも仮置き場だ。仮置き場もいっぱいになったので、仮仮置き場だ。さて、この前の台風の大雨、あの鬼怒川の堤防が決壊した時、この汚染土はどうなったのか。流されて、汚染土はどこかに(川に、そして海に)行ってしまったし、仮仮置き場も水に漬かっている。木村氏は問題提起していた。「果たしてこれで管理されていると言えるのか?」ぼくには、これは政府がきちんと管理すべきというような、ありきたりのことを言っているのだとは思えなかった。そもそも、核発電やその事故なんて、人間が管理しようとも管理できるようなことではないという、根本問題を提起しているのだと感じた。例え巨額の税金をかけて水に漬からない立派な仮仮置き場を作ってそこに汚染度を積み上げたとしても、こんな異常気象や気候変動という地球的規模での変動期を迎えて、この先どんな大雨や風水害が起こるのか、誰も過去からの経験では予測がつかないというのに、汚染土なんて人間に管理できずみなどこかに拡散していってしまうのだ。汚染土すらそうである。まして事故そのものなんて絶対に「管理下(アンダー・コントロール)」にあるわけがない。事故後5年ですらこうして予期せぬことが起きている。まして、高濃度核汚染物質を地下に埋めるという10万年後、100万年後までを人間が見通して管理できるわけがない。これは、科学技術の素晴らしさや科学のロマンがわからないかたくなな文系人間の繰り言なんだろうか。


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