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2015年10月 9日 (金)

非戦への思い

今上陛下が、戦争法案に御名御璽をなされるのに忸怩たる思い、という週刊誌の見出し記事を見て、この夏の陛下の非戦への思いを河北新報が幾度かまとめていたのを思い出した。そこで、スクラップを取り出し、陛下の非戦への思いをまとめてみる。

陛下自身が戦争を知る最後の世代だ。陛下の幼い日の記憶は、戦争の記憶から始まる。3歳の時の、昭和12年盧溝橋事件から始まり昭和20年の敗戦まで、戦争のない時を知らないで育った、と語っておられる。アジアへの侵略とアメリカとの戦争が終わる昭和45年には、空爆を避けて奥日光へ疎開し、そこで昭和天皇の玉音放送を聞く。当時11歳だった陛下が帰郷してみると東京は焼け野原。信じられない光景が広がっていて、陛下は翌年の書き初めで「平和国家建設」と大書する。

陛下は、沖縄戦終結の6月23日、原爆が投下された8月6日、9日、終戦の8月15日をどうしても記憶しなければならない特別の日として、特別の思いを皇太子時代から込められてきている。沖縄を訪れ、犠牲者の霊を慰め、琉歌(沖縄の伝統的な和歌のようなもの)までお作りになり自分の思いを述べる陛下は、沖縄を踏みつけにしている我々ヤマト人とも違うし、安倍首相のような空疎な言葉も吐かない。戦後70周年の節目に向けて慰霊の旅として、沖縄、広島、長崎、学童疎開船対馬丸が撃沈された跡、太平洋戦争の激戦地パラオ、東京大空襲の犠牲者の遺骨を納める慰霊堂、日本軍に徴用された船員の追悼式典参加などをたて続けに行った。

これらの行為を、側近は、「戦争で命を落としたすべての人々の霊を慰めることを生涯をかけて果たすべき務めとしている」と述べる。そして、ご自身、「満州事変の始まる戦争の歴史を学び、今後の日本の在り方を考えること」の重要性を訴えておられる。そして、終戦から70年となる夏の全国戦没者追悼式典。ぼくはラジオで生中継の陛下の声を聴いていたが、本当に陛下の気持ちが表れていて、すごい迫力だった。現行憲法の枠内にとどまり象徴として、政治行為に携われないギリギリのところで、陛下が発しているメッセージ、安倍首相に対する叱責のようにぼくには思えた。

新しく加えられた「先の大戦に対する深い反省」の文言と、今日の繁栄「平和の存続を切望する国民の意識に支えられ」という文言、特に後者は安倍首相に向かって、あなたは、私の平和への思いがわかっているのですか、という陛下からの問いかけのようにぼくには感じられた。陛下は、戦争責任者が靖国神社に祭られてからは、靖国参拝も取りやめておられる。ここにも、陛下の平和への思いを見ることができる。平和を思う陛下の思いと国民の思いが合わされば、忍び寄る戦争の影を押し戻すことができる。この際、愛国を自任する人にも聞いてみたいが、陛下の思いを裏切る者こそは、「逆臣」ではないか。真の愛国右翼の方々にも立ってほしいと思う。

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