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2015年10月29日 (木)

人類の記憶遺産「その2」:草原の実験

前回は、人類の記憶遺産として残すべきことは何かを考えていた。そんな折、不思議な映画に出会った。「草原の実験」。こんな地味で、でも何かを訴える映画は仙台では「桜井薬局ホール」でしかやっていない。地味な映画なのでほとんど観客がいない。でも、桜井薬局ホールさんには頑張ってこういう企画をやり続けてほしい。

詳しいことはわからない。でもロシア映画だそうだ。もしぼくが考えるようにこの映画に「告発」の意味が込められているとすれば、よくロシアで制作が許され、そして監督も無事でいられるものだと思う。ロシアでは、反対性を主張するのは文字通り命を賭してのことだろうから。(そういう点で、世界レベルで見れば、日本は言論の自由が守られている方だ。そこは日本のいい点だ。自国のいい点も悪い点も客観的に判断したいものだ)

ただ、この映画は一切セリフも、説明もない。だから、何を言いたい映画なのかは、正確にわからない。でも、セリフも説明もないということは、自由に見る人が解釈してください、ということかもしれない。そこで、誤解を恐れず(誤解だったらごめんなさい)、ぼくが思った「草原の実験」について述べてみる。

時は共産党一党独裁のソ連時代だ。場所は中央アジアのどこか。ソ連が他民族を力づくで併合し一大巨大領土を築いた。登場人物は父親と娘。彼らはアジア系民族なので、お父さんはああ、こんな日本人のおやじっているよな、という感じ。母親がなくなって、娘が父の世話をしながら大草原の真ん中でぽつりと二人きりで暮らしている。父はトラックに乗ってどこかに働きに出ていく。初めはどこだか分らなかったが、おそらくウラン採掘場とかそういうところ。無知なお父さんは、興味本位で職場から加工したウランをトラックに載せて家に持って帰ってしまうが、秘密兵器製造のため厳重管理していたので秘密警察にばれてしまい、自宅に武装した黒づくめの男たちがやってきて、お父さんは散々しぼられる。そんなこともきっかけで、お父さんは病気で死んでしまう。放射線の影響による白血病かがんだ。だが、秘密兵器のことや放射能のことは知らされていないお父さんは、原因がわからないままに死んでいく。

一人残された娘さんに、二人の青年が登場。一人は幼馴染で、同じ民族。もう一人はコーカソイドの白人で、ロシア人。娘さんは、いったん幼馴染の青年のところへ行き、結婚しそうになるが、民族の伝統に縛られた生活が嫌で、ロシアの青年の方を選ぶ。そうこうしているうちに、大草原の一角でいつも娘さんが通っていたところに、突然鉄条網が張り巡らされ、広大な土地が立ち入り禁止になる。仲睦まじくベンチに腰掛け、草原の彼方を見つめている娘さんとロシアの青年。その視線の先に突然きのこ雲が沸き起こり真っ赤な閃光が光る。猛烈な爆風が押し寄せ、土に埋めたお父さんの遺骸も掘り起こされ、娘さんたちが暮らす草原の中の1軒家も、恋に敗れたアジア系民族の青年も吹き飛ばされてしまうというところで映画は終わる。

セリフも説明も一切なく、象徴的な手法がたくさん使われている映画で、映像は美しい。でも、ぼくがここに書いた解釈があっている保証はない。歴史的事実としては、原爆で人が被害を受けたのは、広島と長崎だけではない。その前のアメリカの砂漠のおける実験でも、被害は出ている。また、ソ連が核兵器を開発する過程では、中央アジアの平原で核実験を繰り返し、相当な被害が出ている。中央アジアはロシア人ではなくアジア系人種が住んでいるからという人種差別的な意味もあろう。そういうことも含めて、人間はこういうことを行ってきたし、行ったのだということは、人類の記憶遺産として静かに語り伝えていかなければと思う。ある民族の悪を暴くのだという声高な姿勢でやれば、当の民族は反発する。それはロシア人も、日本人も、そうだろう。だが、「草原の実験」のように物静かに、一切のセリフも説明もなしにすること、それこそが人類の記憶遺産にふさわしいのかと思う。

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