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2015年8月 3日 (月)

リチャード・ドーキンス『利己的遺伝子』

いつか読みたいと思っていたこの有名な本を読んでみた。この本は「生物学」や「進化論」のジャンルの本であるが、読みたかった理由は、ぼくの社会学的な関心にある。ぼくが思うに、現在の安倍首相のような社会政策、それはさかのぼれば自民党政権の小泉首相や竹中大臣、もっとさかのぼれば中曽根首相や、サッチャー首相、レーガン大統領らの、「新自由主義」政策、つまり市場経済の万能を信じるグローバル経済礼賛派が推進し、いまも推進している政策だが、この政策の淵源にはいくつかの思想的背景があるだろうが、その一つがこの「利己的遺伝子」なのではないかと考えたからだ。ぼくは、安倍首相が目指しているような社会は、住みにくい社会だと思って反対している少数派に属する人間だが、相手をただ否定するのではなく、せめて相手がなぜそう考えているのかが知りたい。

『利己的遺伝子』が社会に与えた衝撃は、人間は遺伝子を載せているただの乗りものに過ぎない、遺伝子が盲目的に目指しているのは自分の複製をいかに数多く世界に広めるかということだけだ、という考え方だ。この「利己的」という衝動的な言葉が、一人歩きをし、誤解を与える。例えば、自分が会社の経営者になれば、コストを抑える方法として従業員は賃金の安い非正規労働者を使うのが得なのであり、それがいかに道徳的な考え方や社会政策的な観点か間違っていても、利己的遺伝子が自分の得になるように命じることを、乗り物に過ぎないからだ=人間のほうは拒むことができない。というような考えを流布し、それを支持する道具に使うことが可能なのだ。ドーキンス自身が出版30周年記念版の叙で書いているが、この本を読み「利己的遺伝子」の帰結する無残な世の中に衝撃を受けた女子学生が泣きながら自分の教師に訴えたのだそうだ。すると教師は、この本のことは絶対にほかの学生に言ってはいけない、と口止めしたのだそうだ。中世の悪魔関係の本と同様な扱いだ。

だが、これは筆者も書いている通り、「誤解」なのだ。この本は、純粋に生物学的・進化論に関する本で、人間の道徳や社会政策については扱っていない。そして、30周年記念版では、人間は文化があるから、遺伝子が命じる利己的影響を矯正できると書いてあるし、何より、生物の間で、「共生」「協力」「互恵」が広まっているのはなぜかということを、利己的遺伝子という考え方に基づきながら説明している。筆者は、本の題名をもっと他のものにしたかったといっているが、このインパクトがある題名だからこそ、こんなにも売れたし、こんなにも影響が大きかった。もしこれが、もっと違う題名であったら?純粋に、生物学的、進化論的な学問の本ではあるが、人間社会のありさまにも大変示唆を与える内容を含んでいる。ダーウィンの「進化論」がそうだったように、いいものはその分野だけに限定された狭い思考の枠組みではなく、もっと大きな思考の枠組みを人類全体に与えてくれるのだ。

ぼくが、興味を持ち、ここで紹介したいのは以下の考え方だ。今、ある種の中に2種類の性質をもつ者がいる。相手に出会ったら必ず攻撃を仕掛けるものと、争いを好まず相手に出会ったらしばらくにらみ合ったのち撤退するものと。前者を便宜上「タカ派」、後者を「ハト派」と呼ぶ。筆者は、ここでしつこく、これは人間社会、特に政治とは無関係だと念を押す。ぼくも、安倍首相や自民党とは無関係だと念を押す。さて、この生物種の中で、どちらがたくさん生き残り、どちらがたくさん子孫を残せて、そしてこの種は種全体として「タカ派」と「ハト派」のどちらに傾くだろうか。ぱっと考えると、喧嘩の強い、「タカ派」ばかりが生き残り、「ハト派」は駆逐されてしまうと思うだろう。だが、数学的に計算しても、そして自然界の観察や実験の結果は違うのだ。それはなぜかというと、タカ派でいることは、相手も傷つけるが自分も傷つける。タカ派がハト派に出会ったときは、絶対にタカ派が勝つが、タカ派がタカ派に出会ったときは、どちらも引かないから致命傷になる。そうなれば生存の可能性と子孫を残せる可能性も低まり、必ずしもタカ派は有利ではないのだ。今は大型コンピューターで様々な前提から出発して、膨大な計算結果を得ることができる。そうしたシミュレーションによると、進化論的に安定した割合というのは、ハト派8分の5、タカ派8分の3なのだそうだ。新自由主義者が信奉しているように、強いものが必ずしも勝つわけではないのだ。

もう一つ、社会的にも影響あることとして紹介したいのは、「互恵主義」の発展についてだ。市場万能主義を信奉する社会・経済政策には互恵主義が入り込む余地はないが、進化の世界ではどうだろうか。動物の世界ではおたがいに「毛づくろい」することが大切だ。というのも、毛づくろいによって、自分の手の届かないところにいる寄生虫をとってもらえて、感染症の危険が低下し、生き延びる確率が高くなり、子孫を残し遺伝子を伝える可能性が高くなる。今ある種の中に、相手から毛づくろいしてもらったら相手にもしてやる「協力」タイプと、相手からしてもらっても相手にはしてやらない「裏切り」タイプの2種類がいたとしたらどうだろう。やはり、ぱっと考えれば、「裏切り」タイプのほうが得をする、つまり相手にしてやるエネルギーと時間を自分が生き残るための資源獲得に振り向けることができるから、と思えるが、やはり先ほどと同じで、必ずしも「裏切り」タイプが有利となり、裏切りタイプの遺伝子が種全体に広まるわけではない。そして、ここで面白いのは、「ゲームの理論」を援用して、それぞれの個体がどのような戦略をとったら有利で、どのような割合で子孫を残して、種全体がどのような傾向になるかをシミレーションしたことだ。それによると、相手と出会ったとき、相手が「協力」タイプか、「裏切り」タイプかわからないけれど、とにかく最初にこちらから「協力」してやるタイプが一番良いと。そしてさらに興味深いのは、相手が「裏切り」行為をした時の戦略だ。裏切られたときに報復するのではなく、相手の裏切りを水に流して忘れてやるタイプが一番良いと。人間の直観にはそむくが、理論的にはそうなるというし、何よりドーキンスはもともと動物学者なので、豊富な観察例を持っているし、さまざまな論文や報告に目を通してのことだ。このあたりのことも、人間社会には非常に示唆的だと思った。

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